第六章 曹華伝二十四 麗月将軍の到着
砦に到着して三日目の朝。
私たちが整然と朝餉を取っている最中、遠方から駆けてくる馬の蹄音が響いた。伝令兵だった。塵を巻き上げて砦に到着したその兵は、甲冑に至るまできちんと磨き上げられ、息切れ一つせずに馬から飛び降りた。その姿からすでに、麗月将軍の軍がいかに統制の取れた軍であるかが伝わってくる。
伝令は天鳳将軍のもとに駆け寄り、膝をついて報告した。
「麗月将軍の本隊、正午頃には当砦に到着されます!」
天鳳将軍は頷き、短く答える。
「承知した。砦の受け入れを整えておけ」
その一言で、砦の空気がさらに引き締まった。兵士たちは慌ただしくも規律正しく動き出し、迎え入れの準備を始めた。私も副隊長として、砦の防備と整列の確認に奔走した。
やがて昼下がり。砦の高台から、進軍してくる麗月将軍の軍勢が遠望できた。
列は長大でありながら一糸乱れぬ統制を保ち、甲冑と槍が陽光を受けてまるで銀の波のように輝いていた。派手さではなく、厳格な美しさ。まさに「軍容」という言葉の体現であった。
そして、その中央に一際鮮やかな一団があった。
馬上に立つその女――麗月将軍。
艶やかな黒髪を兜の下に結い、目元は冷たくも澄み切った鋭さを帯びていた。鎧は華美ではなく、機能美に徹した簡素なもの。それでいて一瞥しただけで、ただの飾りではないことを兵も民も理解する。彼女の存在が軍全体を支配していた。
砦の前で軍が整列し、麗月将軍が馬を降りる。
天鳳将軍はすでに門前に立って待っていた。二人は向き合い、互いに一歩近づく。
「麗月」
「天鳳」
挨拶はそれだけだった。だが、互いの声音に込められた響きには、言葉以上のものがあった。周囲の兵士たちですら、その重みに息を呑む。
麗月は淡々と、しかし明瞭に状況を告げた。
「金城国はすでにこちらの動きを掴んでいるでしょう。哨戒を強めていると斥候からの報告がありました」
天鳳将軍も頷き返す。
「承知した。砦は既に受け入れの態勢を整えてある。今宵はここで兵を休め、明日以降の布陣を協議するとしよう」
短い言葉の応酬でありながら、砦全体に満ちていた緊張はさらに高まった。
私はそのやり取りを、後方に立ちながら見つめていた。
――これが麗月将軍。
天鳳将軍が幾度となく口にした「腐っても五将軍の座に登り詰めた女」という言葉。その意味が、ようやく私の胸に重く落ちた。
彼女の一挙手一投足から溢れる「力」と「支配」。
その在り方に、私は武人としての畏怖と、戦う者としての昂ぶりを同時に覚えていた。
今はまだ挨拶だけだ。だが、やがて私は、この女と共に戦場を駆けることになる。
その予感は、熱を帯びた槍の柄のように、掌に確かに残っていた。




