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三華繚乱  作者: 南優華
第五章
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第五章 白華・興華伝二十五 白華の笑み

詰め所の奥、狭くも清潔に整えられた取り調べ室。その空気は夜の冷気に冷やされ、蝋燭の火がかすかに揺れながら机と椅子を照らしていた。

白華と興華はその部屋へ連れられ、机を挟んで向かい合うように座らされた。二人の正面の扉の外には、常に二人の兵士が立ち、時折、鎧の金具がこすれる音が乾いた金属音として響いてくる。交代の声も、靴底が石床を踏む音も、全てが二人を「監視している」という事実を強調していた。


白華は、その状況を冷静に観察していた。部屋の窓には木の格子が嵌められ、外に逃れるのは容易でない。机の引き出しには紙と筆が用意されており、いかにも取り調べのために設えられた部屋だ。

(予想通りね……これはすでに「重罪人」と同等の扱い)

しかし、白華の胸には恐怖ではなく、薄く笑みを含んだ自信が宿っていた。


「姉さん……」

興華が小さく声をかけようとした瞬間、外から兵士の鋭い叱責が飛んだ。

「そこ! 私語は慎め!」

その声は、刃のように張り詰めていた。


興華は思わず唇を噛み、拳を膝の上で固く握った。姉と話したい思いは山ほどあったが、軽率な一言が自分たちの立場をさらに悪化させると知っていたからだ。彼の胸には焦燥と不安が渦巻いていた。姉の宣言──「柏林国の王族の生き残り」──が、どれほどの波紋を呼ぶのか、少年の心は計りかねていたのだ。


一方で白華は、その兵士の苛立ち混じりの叱責を受け流し、平然と背筋を伸ばした。兵士の監視が強化され、警備が慌ただしくなったことこそ、自らの「賭け」が成功した証左だったからだ。

(あの二人──彗天と氷雨の中将。彼らだけでは裁ききれない。必ずもっと大きな存在が出てくる……それでいい)

白華は内心で静かに笑みを浮かべた。


蝋燭の炎が揺らめき、興華の顔を淡く照らした。弟の眉間には深い皺が刻まれている。彼の両の手は震え、心の奥底では「姉を守らねば」という想いと「自分の力で足りるのか」という迷いがせめぎ合っていた。

(僕は……弱い。曹華姉さんも救えなかった。もし、ここで姉まで失ったら……)

興華の喉が詰まり、呼吸が浅くなる。


白華はそんな弟を横目に見ながら、心中で静かに呟いた。

(大丈夫。あなたはまだ若い。けれど、あなたの霊力は必ず未来を拓く。いまは私が盾となる時。だから……震えていてもいいのよ、興華)


部屋の外では、交代の兵士が増えた気配がした。歩哨の人数が二倍になり、さらに巡回兵士の足音が近づき、遠ざかる。監視体制が強化されているのは明らかだった。


やがて、低くくぐもった声で命令が飛ぶのが聞こえた。

「厳重に見張れ! 逃がせば我らの首が飛ぶと思え!」

白華の耳は敏感にそれを拾い、彼女の瞳に冷たい光が宿る。

(そう。私たちは「逃がしてはならぬ存在」になった。つまり……賭けはすでに勝ち目を得ている)


静寂が再び室内を支配した。蝋燭の灯は小さく揺れ、興華は何度も姉の横顔を見やった。彼女の頬は硬いが、微かに笑みを帯びている。その姿は、不安に押し潰されそうな彼の心に、ほんのわずかだが光を灯した。


外では兵士たちの足音と囁きが絶えず交錯していた。取り調べを待つ短い時間のはずが、白華と興華にとっては永遠のように長く感じられた。


白華は、やがて目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

(さあ、出てくるがいい……私たちを裁こうとする「大物」よ)


こうして、取り調べの幕は静かに上がろうとしていた。


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