第四章 曹華伝十三・五 親衛隊の日常
親衛隊副隊長としての日々は、私にとって休む間もない鍛錬の連続だった。
天鳳将軍の側近という立場は、常に将軍の命を最優先に動くことを意味していた。兵の配備、訓練の指導、書状の取りまとめに至るまで、任務は多岐にわたる。その一つ一つを誰よりも速く、正確にこなすことが、私が「将軍の不可欠な駒」であることを証明する唯一の手段だった。
昼の鍛錬では、雷毅と剣を交えることが多かった。彼は同い年の親衛隊士であり、私の最も手強い好敵手だった。剣を打ち合わせるたびに、雷毅の瞳には真剣な闘志と、時折それ以上の感情が宿る。互いに汗まみれになりながらも、技の先を読み合うひとときは、不思議と心地よかった。
「曹華副隊長。今日も手加減なしだな」
「好敵手に手加減するほど、私も甘くはありません」
そう言い合って笑う瞬間もあった。だがその笑みの裏で、私は決して心を許すことはなかった。雷毅の尊敬も、淡い感情も、私にとっては遠い世界の出来事。女として見られることを拒む私にとって、それは受け入れてはならぬ誘惑だった。
夜になると、私は一人で鍛錬場に立った。
月明かりに照らされた石畳の上で、長槍を振るう。昼の喧騒が嘘のように消えた夜の静寂に、槍の風切り音だけが響く。
――強くならねば。
父の敵を討つため。姉と弟を取り戻すため。
その使命だけが、私を孤独な夜へと駆り立てていた。
槍を振るう度に、心の奥底から「女としての幸せ」を切り捨てているのを感じた。親衛隊の誰かに抱かれる未来も、穏やかな家庭を築く未来も、私には許されない。私の手は血で濡れており、この道を選んだ時点で、そうしたものは永久に遠ざかったのだ。
それでも、月明かりの下で槍を振る私の背中を、時折遠くから雷毅が見つめていることを、私は知っていた。彼は決して近寄らず、声もかけない。ただ静かに見守るだけだった。その眼差しに気づきながらも、私は振り返らず、ただ槍を振り続けた。
――私は武人であり、天鳳将軍の駒であり、姉弟のために生きる者。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう自らに言い聞かせながら、私は孤独に槍を磨き続けていた。




