第二十四章漆 二冥、牙を揃える
炎の揺らぎの向こうに、もう一つの“重さ”が立った。再び現れた焔魄が鼻先から白熱した息を吐く。その隣に、岩のような巨躯が並ぶ。
玄鉄。歩くだけで地面が沈む男。焰と岩――性質の異なる二つの冥が、同じ地平に揃った。
曹華は、月穿を握ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
(二対一)
内心で焦りが芽吹く。呼吸が一瞬浅くなり、指先が冷える。視界がわずかに狭まる――だが、目は逸らさない。逸らせば戦場が傾く。
朱烈が愉しげに肩を回す。
「……随分とゆっくりしていたようだな、玄鉄。…妾が曹華と愉しむために、気を遣ったか?」
炎の馬が低く嘶く。焔魄は紫叡を横目で測る。生き物のように、いや、生き物そのものの意思で。
玄鉄は感情を揺らさない。
「……まあ、愉しむ時間は、まだある」
淡々とした声音。
「…蒼龍国の敗北のため、俺が麗月を仕留めるまでの、短い時間だがな」
視線が、ゆっくりと横へ流れる。血を吐きながらも立つ麗月へ。
反射的に、麗月は睨み返した。唇の端に赤を滲ませながらも、視線は鋭い。白玲が支え、碧蘭が一歩前へ出る。守るために、ではない。迎えるために。
麗月は小さく、舌打ちを落とした。
「……なるほど。そう来るか」
将の目だ。負傷してなお、布陣を読む目。
曹華は一瞬だけ、麗月へ視線を送る。助けなければ。動かなければ――
「おおっと」
朱烈の声が、甘く割り込む。
「下手な動きはするなよ、曹華?」
炎が掌に収束する。灼矢。穂先が、立ち上がろうとする紫叡へ向く。
曹華の眉が動く。
紫叡は、よろめきながらも前脚を踏み直している。主を守るため、立とうとしている。その横腹へ、炎を落とす素振り。
玄鉄が、静かに言い添える。
「…下手に動けば、蒼龍の将が死ぬ」
理の刃。
曹華の背筋を、冷たいものが走る。
――足止め。
――誘導。
違和感の正体が、輪郭を持つ。朱烈は“仕留め”に来ていたのではない。固定に来ていたのだ。
朱烈が、灼矢を引っ込め、笑う。
「安心せよ。まだ殺さぬ。折るのは、もう少し愉しんでからだ」
焰魄が一歩、踏み鳴らす。よろめきながらも起き上がる紫叡も短く嘶き、対峙する。馬同士の視線が、火花を散らす。
曹華は月穿を握り直す。武に選ばれた槍が、掌に馴染む。震えは止まった。焦りは奥へ沈める。
「……まとめて来なさい」
声は低い。揺れはない。
朱烈の目が細まる。愉悦。
玄鉄は、ただ一歩、前へ出る。岩が鳴る。
戦場の温度が、さらに一段落ちる。
その頃。
戦場へ向かう二騎が、同時に手綱を引いた。
天鳳と牙們。
炎柱の下に、もう一つ、鈍い圧が立ち上るのを感じ取る。
牙們が低く呟く。
「……増えましたな」
天鳳の瞳が細くなる。
「……これで二つだな」
焰の昂りとは別の、重く、沈む気配。
「冥が揃ったか」
牙們の口元が引き締まる。
「このままでは、曹華が縛られる。麗月も危うい」
天鳳は即座に踵を返すように手綱を鳴らした。
「急ぐぞ。冥二つを相手に、紫電一つでは足りん」
蹄が地を裂く。
炎へ向かって、一直線。
戦場中央。
焰と岩が並び立つ。
二冥、牙を揃える。
その前で、紫電は、まだ膝を折らない。
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