第二十四章陸 冥、揃う
炎へ向けて駆け出した二騎の背を、守備隊は呆然と見送った。
――将軍が二人、それは単なる増援ではない。
戦の重心そのものが動いたということだ。
天鳳と牙們が戦場へ向かった直後、かつて村だった駐屯地には、嵐の前のような張り詰めた静寂が落ちた。遠くで炎柱が揺れる。その根元で、何かが激しく衝突している。蒼龍の命運が、あそこにある。
だが――
戦場中央。
朱烈の炎槍が曹華を地に縫い止めていた。月穿が横向きに構えられ、かろうじてその刃を受け止めている。
穂先は顔の寸前、熱風が頬を撫でる。
「……ぐっ……!」
背中に叩きつけられた衝撃がまだ抜けない。肺が焼けるように痛む。だが、炎は侵入しない。
燃えない躰。それでも、衝撃は容赦なく骨を軋ませる。
朱烈は炎槍を押しつけたまま、わずかに体重を乗せる。炎が唸る。
「まだ耐えるか」
低く、愉しげに。
「……その目。折れてはおらぬな」
曹華の視界は赤い。
土と血が混じる。
(……ここで折れたら、終わる)
腕が震える。
紫叡が横で前脚を踏み直そうとしている。
立ち上がろうとしている。
その瞬間、風向きが変わった。
炎の唸りとは違う、重い沈黙が落ちる。
地面が、低く震えた。
戦場の熱とは異なる質量。
鈍い圧。
まるで大地そのものが歩いてくるかのような――
朱烈の眉が、わずかに動く。
一瞬で理解した。
愉悦が、計算へと切り替わる。
「……来たか」
炎槍を押しつけたまま、横目で外縁を見る。
曹華も感じ取った。
熱ではない。
重さ。
違和感の正体。
朱烈の殺意が“薄かった”理由。
仕留めに来なかった理由。
時間。
足止め。
誘導。
次の段階。
朱烈は炎槍を軽く引き、後方へ跳躍した。
炎が引く。
土煙の向こう。
ゆっくりと現れる影。
巨躯、岩のような肩。
地を踏むたび、砂利が砕ける。
玄鉄。
焔冥将とは対照的な、静かな質量。
その視線が、曹華を捉える。
怒りも、愉悦もない。
分析。
傷の位置。
呼吸の浅さ。
槍の角度。
紫叡の脚の震え。
一瞥で数え終えた。
敵を見る目ではない。
“対象”を見る目。
曹華の背筋に、冷たいものが走る。
(……二人目)
遠く。
麗月が、それを見た。
血を吐きながら唇を歪める。
そして舌打ち。
「……ちっ」
かすれた音。
「そういうことか……」
碧蘭と白玲が息を呑む。
麗月の目は冷えていた。
「…朱烈は倒すために来たのではない。引き出すために来たのだ」
曹華を中心に布陣を歪ませる。
戦場の重心をずらす。
そこへ、もう一人。
玄鉄。
「……私を本気で仕留めなかったのも、そのためか」
自嘲ではない。
将としての認識。
悔恨を噛み殺す舌打ちだった。
朱烈は焰魄の背に戻り、肩を回す。
「遅いぞ、玄鉄」
玄鉄は答えない。
一歩、踏み出す。
地が鳴る。
炎が揺れる。
戦場の質が変わる。
炎と岩。
焔冥将と地冥将。
二つの冥が同じ戦場に揃った。
蒼龍の兵たちの背筋に、冷たい汗が流れる。
朱烈が笑う。
「さて」
炎が再び揺らぐ。
「本番といこうか、曹華」
曹華はゆっくりと立ち上がる。
唇の端に血を滲ませながら。
月穿を握り直す。
目だけは消えていない。
風向きが変わる。
炎は踊り、地は沈黙する。
戦場の重心が、確かに奪われた。
そして。
冥、揃う。
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