第一章三 三つの華の日々
私たち三姉弟の日々は、穏やかで、どこまでも温かかった。
陽が昇れば、畑の向こうから鳥の声が聞こえ、
夕暮れには山々が金色に染まり、川面がきらきらと輝いた。
そんな光に包まれながら、それぞれの“華”は自分の色を咲かせていた。
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✽ 長姉・白華 ― 知の華
長姉の白華は、家では父と共に難解な書物を読み、
時に歴史や政治について意見を交わす聡明な少女だった。
村の学問所でも常に首席で、男女問わず慕われていた。
誰もが彼女を「村一番の才女」と呼び、
青年たちの中には、彼女の聡明さに惹かれ想いを寄せる者も多かった。
だが、白華は恋や世間の噂に興味を示さなかった。
彼女の瞳はいつも、遠い地平を見つめていたからだ。
母から薬草の知識を学び、旅の商人の話を聞くたび、
白華は窓辺で筆を走らせ、地図に知らぬ国の名を書き込んでいた。
風が吹くと、長い黒髪が揺れ、その横顔には静かな決意が宿っていた。
「戦が終わったら、世界はきっと変わるわ。
その時、私も――何かを変えられる人になりたいの。」
その言葉を聞いた私は、ただ「すごいな」と思った。
姉は、私にとっていつも届かないほど遠い場所で輝いていた。
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✽ 次女・曹華 ― 武の華
私はといえば、姉とは正反対の娘だった。
書物よりも剣や槍に夢中で、
父にねだってはこっそり武術の稽古をつけてもらっていた。
父と母は、いつも少し困ったように笑っていた。
「もう少し女の子らしく……」
そう言いながらも、父は結局、私の情熱に根負けして毎日付き合ってくれた。
稽古の合間、汗をぬぐう父の手の硬さが、私は好きだった。
その背を追いかけるように、私は何度も竹刀を振った。
村の子どもたちの中で、私に勝てる子はいなかった。
負かされた少年たちは、悔しさに頬を赤らめ、
ときに冷たい目を向けてきたけれど、そんなことはどうでもよかった。
私にとって“強くなる”ことは、ただ純粋な喜びだった。
白華が光なら、私は風のように自由でいたかった。
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✽ 末弟・興華 ― 希望の華
そして末弟の興華。
彼はいつでも、私たち姉妹の間を駆け回る小さな太陽だった。
白華の傍では筆を持ち、
私の傍では木の棒を振り回し、
そのどちらにも夢中で、どちらにも優しかった。
「白華姉さま、見て!ちゃんと書けた!」
「曹華姉ちゃん、今日は僕が一本取るからな!」
そんな声を聞くたびに、家の中が笑いで満たされた。
しかし、その明るさが時に他の子どもたちの妬みを買い、
彼はいじめられることもあった。
そんな時は、私はすぐに駆けつけて、
泣いている興華の前に立ちはだかった。
相手の少年たちが怯えて逃げ出すと、興華は涙を拭いながら笑う。
「曹華姉ちゃん、かっこよかった!」
その笑顔が、何よりも嬉しかった。
私は、彼を守るためならどんな相手にも立ち向かえると思っていた。
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三つの華は、それぞれ違う色で輝きながら、
互いを照らし合っていた。
白華の静かな光、
私の燃えるような風、
そして興華のあたたかな陽。
清流がきらめくこの村で、
その日々は、永遠に続くと信じて疑わなかった。
けれど、あの時の私たちは知らなかったのだ。
山の向こうで、すでに戦の影が蠢き始めていたことを――。




