第二十四章弍 愉悦の裏、見抜く者たち
戦場の中央から、やや外れた位置。
焦土と抉れた大地の間に麗月は立っていた。いや――立たされている、と言うべきか。碧蘭と白玲が両脇から支えている。膝はまだ震えていた。肺は焼けたように痛む。だが視線だけは、決して逸らしていない。
その先――
紫電と焔が騎馬で交錯していた。距離が生まれたのは必然だった。曹華と朱烈は、騎馬戦で広く動く。追い、離れ、反転し、また撃ち合う。静止している者は、必ず置き去りになる。
麗月は、それをただ見ている。
「……なにかがおかしい」
低く、呟いた。
碧蘭が顔を上げる。
「麗月将軍?」
白玲も、曹華の背を追いながら問う。
「なにが……」
麗月は目を細めた。
「……朱烈の闘い方が妙だ」
その言葉に、二人は首を傾げる。
「妙、ですか?」
麗月は、息を整えながら続けた。
「私と闘っていたときも、曹華と闘っている今も……朱烈が愉しんでいるのは間違いない」
あれは本心だ。強者と刃を交えることを、あの冥将は本気で悦んでいる。
「だが」
麗月の視線が鋭くなる。
「私と闘っていたときのような、明確な“殺意の重さ”がない」
碧蘭と白玲は顔を見合わせた。
殺意の重さ。
その言葉の意味が、すぐには掴めない。
麗月は、説明するように続ける。
「刃の入り方が違う。間合いの詰め方も、最後の一歩が甘い」
愉しむための間合い。殺すための間合い。
そこには、微妙だが決定的な差がある。
「“薄い”……とまでは言わぬ。だが、殺し切る意志が前に出ていない」
碧蘭が小さく息を呑む。
「……長く愉しみたい、ということでは?」
麗月は、かすかに首を振った。
「それだけではない」
視線は戦場を外さない。
「なにか別の意味がある……そう考えてしまう」
碧蘭と白玲も、改めて曹華と朱烈を見つめた。
焔が閃き、紫電が返す。
外から見れば、互角。
だが――何かが、ずれている。
一方、戦場の中央。
曹華は槍を構えながら、意識を内へと向けていた。
(……落ち着いて)
呼吸を整える。
(焦ったらだめだわ)
焦りは余計な緊張を生む。緊張は視野を窄める。
天鳳が言っていた。
――戦場では、視野を狭めた者から死ぬ。
(いまこそ落ち着かなきゃ)
紫叡の背の揺れが、わずかに規則正しくなる。
主の呼吸と同調する。
だが、違和感は消えない。
(……本気で闘っているのは間違いない)
それでも。
(仕留めにきている感じが、薄い)
麗月のときとは違う。
自分は、いま――
“殺す対象”として見られているのか。
それとも。
“別の何か”として見られているのか。
対する朱烈。
炎をまといながら、舌なめずりをする。
「……ああ」
恍惚に近い笑み。
(愉しい)
曹華は確かに成長している。
柏林の血。燃えぬ躰。そして、揺らがぬ心。
(まだまだ愉しんでいたい)
だが。
冥妃の命は、確保。
殺すな。
壊すな。
捕らえよ。
その枷が、どこかで刃を鈍らせている。
朱烈は、それを自覚していた。
(ほどほどにせねばな)
口元が歪む。
だが、内心では別の思いもある。
(……せめて、まだ来てくれるなよ)
視線は一瞬、戦場の外へ。
(玄鉄)
あの男が動けば、遊戯は終わる。
あれは任務を遂行する刃だ。
(まだ曹華と愉しみたいのだからな)
再び視線を曹華へ戻す。
その目に宿る光は、愉悦と、ほんのわずかな焦り。
戦場には、三つの視線があった。
見抜こうとする将。
悟ろうとする紫電。
そして、愉しみながらも命令に縛られる焔。
愉悦の裏に、糸がある。
それを最初に断ち切るのは誰か。
風が、焦げた土を撫でていった。
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