第二十四章壱 本気と遊戯の境
高台に玄鉄は一人立っていた。先ほど密使を瀚海国へ走らせたばかりだ。その背が風に溶けるのを見届けてから、玄鉄は再び戦場を見下ろしている。
焔と紫電が、なおも激しく交錯していた。
「……瀚海国の軍勢が北進してくるとしても」
低く、独り言のように呟く。
「……まだ、幾許かの日にちはある」
焦る必要はない、すべては“順”だ。
玄鉄は巨体だった。冥将の中でもひときわ目立つ体躯を持ち、正面から叩き潰すことを得意とする武闘派。だが、その外見に反して、思考は冷静で、常に二手三手先を見ている。朱烈を言葉で抑え込める数少ない存在。それが玄鉄だった。
黒蓮冥妃もそれをよく理解している。だからこそ、朱烈と共に南へ送った。
「……まずは」
視線を細める。
「翠林国が、蒼龍国を破ったという“事実”が要る」
それは、瀚海国を動かすための前提。
噂では足りない。誇張でも足りない。必要なのは、“戦況が覆った”という確かな実績だ。
「ならば――」
玄鉄は戦場の布陣を思い浮かべる。
「……麗月を仕留める」
それだけで、南方戦線の重心は崩れる。さらに、第三軍団と第四軍団を壊滅寸前まで追い込めば、蒼龍国軍は退かざるを得ない。その“退き”こそが、価値になる。
「……だが」
玄鉄の視線が戦場の中央へ移る。
そこでは――紫電と焔が、いまだに打ち合っていた。
どれほど撃ち合っていただろうか。
曹華と朱烈は、何合も何合も、騎馬で交錯していた。すれ違い、反転し、突進し、再び槍を穿ち合う。金属と炎、意志と意志がぶつかるたび、空気が震える。
「……はあっ……はあっ……」
曹華の息は、わずかに上がっていた。だが、それは疲労ではない。昂りだ。身体の奥が熱を帯び、感覚が研ぎ澄まされていく。
紫叡も同じだった。
「……ふしゅ……」
低く息を吐き、紫叡は焔魄を睨み据える。主の意志と呼応するように、戦闘態勢を崩さない。
対する朱烈と焔魄。
曹華の“燃えない躰”の影響は、確実に月穿にも波及していた。槍を通して伝わる気と霊が、朱烈の焔を拒み、何度か浅い傷を刻んでいる。朱烈の息も、確かに上がっていた。だが――それは消耗ではない。
「……くく」
愉しげな笑み、昂り。
戦を味わう者の、純粋な高揚。
焔魄は元が炎だ。疲れを知らぬ存在なのか、それとも主の昂りと共鳴しているのか。
その視線は、紫叡に向けられていた。
――まだいけるだろう?
――お前は、どうだ?
そんな挑発を含んだ眼差し。
曹華はそれを感じ取りながらも、内心で違和感を覚えていた。
(……おかしい)
本気で闘いに来ているのは間違いない。技も、力も、出し惜しみはない。
だが――
(“仕留めに来ている”感じが薄い)
麗月と対峙していたときの朱烈は明確だった。仕留めに来ていた。倒しに来ていた。将として、排除すべき相手として。
だが、今の自分に向けられているものは違う。愉しさが、前に出ている。勝敗よりも、撃ち合いそのものを味わっている。
(……遊ばれている?)
そう言い切るには、あまりに危険で、あまりに鋭い。
曹華の胸に、嫌な予感が広がる。
――この戦場には、朱烈しかいないのか?
――同格の冥将は、まだ控えているのではないか?
そして――
“龍脈の器”。
先ほど耳にしたその言葉が、胸の奥でざわついていた。
理由は分からない。だが、本能が告げている。
(……これは、長引かせてはいけない)
そのとき。
朱烈が、短く笑った。
「……ふふ」
焔の揺らぎが、わずかに強まる。
それが、純粋な愉悦なのか。
それとも――別の思惑を隠した笑みなのか。
曹華には、まだ分からなかった。
だが一つだけ、確かなことがある。
この戦いは、本気と遊戯の境に立っている。
そして――
その境界線を、先に踏み越えるのが誰なのか。
戦場は、静かに、それを待っていた。
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