第二十三章拾弐 焰、先に駆ける
戦場の中央に、二騎が向かい合っていた。
紫叡は鼻息を荒くし、前脚で地面を探るように踏みしめている。土の硬さ、湿り、蹄が噛む感触を確かめる仕草。戦場を幾度も越えてきた馬のそれだった。曹華は鞍上で静かに呼吸を整えている。月穿を構える腕に余分な力はない。だが、その視線は一瞬たりとも朱烈から離れなかった。
対する朱烈。焔冥将は、焰に包まれた馬上で悠然と座していた。その馬は紫叡と同じほどの体躯を持つ。だが、地を蹴ることはない。蹄が触れる場所から伝わるのは音ではなく熱だった。焔が地表を舐め、焦げ跡だけを残している。それでも――その存在は確かに「馬」だった。首を巡らせ、焰の鬣を揺らし、朱烈の気配に呼応する。意思を持たぬ造形ではない。戦場に立つための、生きた焔。
曹華の視線が、ほんの一瞬だけその馬に向いた、その一瞬を朱烈は見逃さなかった。
「妾の馬が気になるか?」
声は心底愉しげだった。
「馬の形をした、ただの炎ではないぞ?」
朱烈は焰に包まれた首元を、軽く撫でる。
「意思もある。――さて、名はどうするか」
一拍。
朱烈は思案するように顎に指を当て、すぐに笑った。
「……焔魄だ」
名を与えられた瞬間、焔の馬が低く鳴いた。それは声ではない。空気が、内側から震えるような感覚だった。焔魄は首を上げ、焰を吐くように息を放つ。その動きは威嚇ではない。――戦う意思の、宣言だった。
その焔を、紫叡は真正面から受け止めた。短く、鋭い嘶き。低く喉を鳴らし、前脚に力が籠もる。紫叡もまた理解していた。目の前の存在は、逃げるべき災厄ではない、打ち破るべき敵騎だと。紫叡の筋肉が張り、背を通して曹華にその緊張が伝わる。
曹華は一度だけ手綱を緩めた。――行ける。
主と馬の意思が完全に重なった。
朱烈が視線を曹華へ戻した。
「さて、曹華」
焰が、わずかに強まる。
「そろそろ始めようか」
曹華は答えない。ただ、月穿を低く構え、紫叡の首に沿って身を伏せる。
その瞬間だった。
焔魄が先に動いた。地を蹴る音はない。だが、焔が爆ぜ、熱が走る。焔冥将・朱烈の馬が、戦場を駆ける。それに呼応するように、紫叡が大地を蹴った。土が弾け、蹄音が戦場を貫く。合図はなかった、宣言もなかった。
――焰が先に駆けた。紫電がそれに続く。二つの意思、二つの速度。
焔と紫が、ついに――正面から、激突しようとしていた。
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