第二十三章拾壱 並び立つ焰と紫電
炎が、低く揺れていた。轟きでも、暴威でもない。呼吸のような焔――朱烈の存在そのものが、そこに在った。
曹華は朱烈と向かい合って立っていた。そのとき、紫叡が静かに歩み寄ってくる。大きな頭が曹華の肩に触れ、頬に擦り寄せた。低く、短い嘶き。
――乗れ。
言葉ではない。だがそう聞こえた。
曹華は一瞬、目を伏せる。離れていてもらうつもりだった。自分が前に立つ以上、紫叡を危険に晒すべきではない――そう考えたからだ。
「……紫叡」
だが、その迷いを、焔冥将は愉しげに眺めていた。
朱烈が、口角を上げる。
「…良い馬だ」
焔が、ひときわ明るく揺れる。
「乗れ、曹華。妾も馬に乗れば、同じ条件よ」
曹華が視線を上げるより先に、朱烈は指を鳴らした。
――パチン。
乾いた音。朱烈の背後で焔が渦を巻き、形を成していく。骨格、脚、首。炎が組み上がり、紫叡と同じほどの体格を持つ“馬”が現れた。それは生き物のように頭を振り、鼻先から焔を吐く、炎の馬。
朱烈はためらいなく、その背に騎乗した。まるで、普通の馬に跨るかのように。
曹華は、紫叡の鬣に一度だけ触れ、跳ねるように鞍へ乗る。月穿を構え、深く息を吸った。
二騎が、向かい合う。
その瞬間――戦場の音が、消えた。
風が止み、焔の揺らぎが低くなる。
兵の誰も、声を出せない。まるで、この場所だけが切り取られたかのようだった。
少し離れた場所で、麗月はその光景を見つめていた。立っているだけで身体が軋み、全身が悲鳴を上げている。それでも、視線だけは逸らさない。
両脇から、碧蘭と白玲が支えていた。碧蘭は、麗月の腕に確かな力を込める。白玲は、歯を食いしばり、前を見据えたまま唇を結ぶ。
――託した。――そして、見届ける。
それが、将としての最後の役目だと知っている。
朱烈が、ゆっくりと首を巡らせる。
「では――」
声は軽い。あまりにも軽い。
「始めようか」
曹華は答えない。
ただ、紫叡の背で姿勢を低くし、月穿を構えた。
焔が、ひときわ強く脈打つ。火蓋は、まだ切られていない。
だが――この戦場は、すでに二人のために息を潜めていた。
読んでいただきありがとうございます。
作品、続きに興味を持っていただけたら、☆★評価をお願いします。よろしくお願いします。




