第二十三章拾 名を受け継ぐ槍
炎海奔流が消え去った戦場には、異様な静寂が落ちていた。燃え尽きた空気はなお熱を孕み、地面は赤く爛れている。だが、先ほどまで世界を呑み込んでいた焔の咆哮は、確かに終わっていた。
曹華は紫叡を止め、鞍から降りた。足を地につけた瞬間、膝がわずかに軋む。だが、それを表に出すことはしない。視線の先には槍を杖のように支え、なおも立ち続ける一人の将がいた。
麗月だった。全身に裂傷が走り、鎧の隙間から血が滲んでいる。炎に灼かれた痕もいくつも残っていた。それでもその背は折れていない。将として最後まで、戦場に立ち続けた者の姿だった。
曹華は歩み寄り、静かに一礼した。
「……麗月将軍」
声は低く余計な感情を含ませない。
「将軍が止めてくれなければ、私は辿り着けなかった」
それは礼であり同時に戦果の共有だった。麗月が炎海奔流を削ぎ落とし、受け止め続けたからこそ、曹華は焔の中を突破できた。その事実を曹華は真っ直ぐに言葉にした。
麗月は一瞬目を細めた。
「……そう、か…」
ふっ、と小さく笑う。だがその直後。
喉を押さえ短く咳き込む。堪えきれず口元から血が零れ落ちた。地に落ちる前に、麗月はそれを拭い去る。呼吸を整え再び背筋を伸ばす。弱さを見せるのは、役目を終えた後でいい。いまはまだ将である時間だった。
麗月は、何も言わずに名槍・月穿を差し出した。柄を握るその手は震えていない。ただ、静かだった。
曹華は一瞬、言葉を失った。月穿――蒼龍国の将たちが代々受け継いできた名槍。その重みと意味を、知らぬはずがない。だが、躊躇はなかった。曹華は月穿を受け取る。掌に伝わる感触は、不思議なほど自然だった。重い。確かに重い。だが、拒絶はない。
――武に選ばれた槍だ。理由も理屈もなく、そう直感した。この槍は、戦場の中心で振るわれるためにある。将の場所で、命を賭して振るわれる武だ。
麗月はそれを見届け、わずかに顎を引いた。言葉はもう不要だった。
その一連を朱烈は少し離れた場所から眺めていた。急かすことも、割り込むこともせず。焔を纏ったまま、愉しむように。戦場の熱が、朱烈の周囲で静かに揺れている。だが、本人は動かない。待っている。やがて朱烈は、一歩だけ前に出た。
「見事よ、麗月」
声は軽やかだった。だがそこに嘲りはない。
「妾の焔を止めた者は久しい」
朱烈の視線が、麗月を捉える。
「命を賭す将というものを、久々に見た」
それは、明確な評価だった。焔冥将が、対等な強者として名を刻む言葉。麗月は答えない。ただ、槍を手放したまま、朱烈を見返す。その視線は、退かぬ者のそれだった。そして、朱烈の視線は曹華へと移る。
「……曹華」
名を呼ぶまでに、一拍の間があった。その名を、確かめるように。朱烈の唇が、ゆっくりと歪む。
「よい顔だ」
焔が、わずかに揺れた。
「お前なら、退屈させないだろう?」
それは挑発ではない。期待だった。絶対的上位者が、同じ舞台に立つ相手へ向ける静かな宣告。
戦場は、次の段階へ進もうとしていた。名槍は受け継がれた。将はその役目を託した。
そして焔は、いよいよ――曹華という名を、正面から喰らいに来る。
読んでいただきありがとうございます。
作品、続きに興味を持っていただけたら、★☆評価をお願いします。よろしくお願いします。




