表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三華繚乱  作者: 南優華
第二十章
314/324

第二十章漆 紫電、再始動

 朝の空気は、驚くほど澄んでいた。

 戦いの翌日の朝とは思えないほど、空は高く、雲は薄く、風は静かだった。第七砦は、昨夜までの喧騒が嘘のように、静かな息遣いに包まれている。


 復旧作業はすでに夜明け前から始まっていたが、兵たちの動きには追い立てられるような切迫はない。

 各々が自分の持ち場を淡々とこなし、剣の音の代わりに、木槌や鋸の音が響いている。

 私は雷毅と並んで、輜重隊の用意してくれた朝食を口に運んでいた。


「……美味しい」


「だろ?」


 雷毅は、妙に胸を張った。


「命張るのは焼け跡だけで十分だ。たまには、まともな飯で胃袋を守らねえと、将軍殿が先に倒れる」


「どの将軍の話?」


「全部」


 雷毅は、笑った。


 湯気の立つ椀からは、炊きたての麦飯の匂いがする。干し肉の入った汁物も、身体の芯に染みてくるようだった。戦場にあった気配が、少しずつこの砦から抜け落ちていく気がする。


 そのときだった。

 使令兵が、私たちの前に立った。


「曹華殿、雷毅殿。

 天鳳将軍がお呼びです。執務室へ。」


「……来たか」


 雷毅が立ち上がり、軽く首を回す。


「さて、“戦争が終わった後の戦争”とでもいくか」


「……嫌な言い方」


 だが、否定はできなかった。


 朝食を終えたばかりの私と雷毅は、天鳳将軍の執務に使われている部屋へ向かっていた。


「……なんだと思う?」


「説教だったら帰りたい情報はある。」


「安心しろ、俺もだ。」


 軽口を叩きながらも、二人とも足取りは自然と正された。 執務室の扉を押し開く。



---


 中にいたのは、三人だった。

 中央の机に、天鳳将軍。

 その左右に、見慣れぬ二人の将が立つ。


「入れ。」


 短く言われ、私たちは一礼して中へ入った。


「まず、紹介しよう。」


 天鳳が言う。

「第一軍団長を務める蒼嵐副将軍と、第二軍団長を務める烈舟副将軍だ。」


 まず、左側の蒼嵐が静かに頷いた。

 岩のように動かぬ眼差し。 角張った頬、鋭い顎。  その立ち姿から、彼が「崩れぬ将」であることは一目でわかった。


「……噂は聞いている。紫電の曹華。」


 次に、右の烈舟が朗らかに笑う。


「いやあ、実物は美人だな。

 あのな、軍の連中、もう語り草にしてるぞ。

 "雷が女に化けた"ってな。」


「それは褒めているのですか?」


「最高に、な。」


 蒼嵐は短く顎を引く。


「……あの突撃を見て、

 "この戦は勝った"と判断した。」


 その一言が、何よりの評価だった。


 天鳳が、地図の上に指を置く。

「さて、話に入る。」


 地図には、粗く塗られた勢力図。

 金城国の一帯が、蒼龍の色に囲われている。


「私は、親衛隊と共に蒼龍京へ戻る。」


 雷毅が小さく息を呑む。


「第一軍団と第二軍団は、この第七砦に駐屯。」


 蒼嵐が淡々と続ける。

「金城国の治安監督も兼ねる。

 統治は金城に任せるが、生殺与奪の一線は蒼龍が握る。」


 烈舟がにやりと笑う。

「交代で駐屯だ。

 砦は蒼龍のものだと、骨まで叩き込む。」


 天鳳がこちらを見た。


「曹華。」


「はい。」


「お前は、京へ戻る。」


 少し、胸が緩んだ。


「……だが、休ませはしない。」


 当然か、と思った。


「数日後、お前は南へ向かえ。」


 雷毅が言う。


「南……翠林国、ですか。」


「そうだ。」


 天鳳の黒い瞳が、揺れない。


「麗月の戦線へ援軍として入れ。」


 烈舟がぽん、と手を叩く。

「おお、噂の紫電が南へ行くのか!」


 蒼嵐も、ふっと微かに口元を緩めた。

「……向こうは戦場が硬直している。

 雷は、よく響こう。」


 


 天鳳が、静かに告げる。

「“紫電”の異名を、最大限に使う。」


 胸が、ひとつ鳴った。


「敵に、

 "曹華がいる"と知らしめろ。」


 私は、頷いた。


 その瞬間――

 遠い記憶が、胸の底から浮かび上がる。


 翠林国国境。

 山あいの故郷の村。

 煙と剣と、逃げ惑う人影。


(……戻るのか。)


 今度は逃げるのではなく。


 走る側として。


 雷毅が、私の背に視線を送る。


「……行くんだな。」


「行く。」


 天鳳は短く言った。


「曹華。」


「はい。」


「――生きて帰れ。」


 それは命令ではなかった。


 将が、戦場へ送り出す者にかける、

 ただひとつの言葉だった。



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ