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三華繚乱  作者: 南優華
第十九章
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第十九章廿一 紫霞と徨紫、静かな対峙

幻が剥がれた空間に、静寂が落ちかけた、その瞬間――

 地が、低く唸った。


 焚火の炎が一斉に揺らぎ、紫の残光が白へと滲む。

 香炉の煙が“風ではないもの”に引かれ、渦を巻いて天へ昇った。


 紫霞の肩が、わずかに跳ねる。


「……」


 何かを――感じ取った沈黙だった。


 徨紫もまた、眼を細める。

 風でも、術でもない。

 それは、“衝突”の余波が地脈を伝って届いた感触。


 ――北の奥で、

 牙と瘴がぶつかった。


 理屈ではなく、骨に響く異変。

 まるで遠雷が、真下で鳴ったような震えが、陣地の端から端までを這って抜けていく。


 紫霞が、喉の奥で短く息を吐いた。


「……ああ。出たわね、あの人。」


 名を出さずとも、誰を指すかは明らかだった。

 兄・宵霞。


 その“気配”は、単なる戦闘のものではない。

 怪我でも、勝敗でもない――禁域に踏み込んだ気配。


 紫霞は、視線を宵霞の方角へ投げる。


「ずいぶん……本気みたい。」


 口調は軽い。


 だが、指先は――ほんのわずかに、震えている。


 徨紫は、焚火へ視線を落とした。

 炎の芯が、黒に染み、次いで白に戻る。


(……禁を切った。)


 そう確信するだけの“圧”が、まだ場に残っていた。


 徨紫は、扇を閉じる。


「あなたの兄が……道を踏み越えましたね。」


 紫霞は、肩で笑う。


「ええ。

 ――踏み越える時の、あの人が一番“綺麗”で、一番“危ない”。」


 徨紫は、香炉の灰を指で押さえる。

 灰が、音もなく沈む。


「……綺麗だなんて言っている場合ではありません。」


 紫霞は、僅かに目を細める。


「心配?」


 その問いには、刃が仕込まれていた。


 徨紫は、視線を逸らさず、ただ答える。


「 “あの力”は、道を焼き尽くすからです。

  使うたびに、帰れる道が……燃える。」


 紫霞は、一瞬だけ口を閉ざした。


 そして、


「……そう。」


 短い返答。


 しかしその声には、他人事ではない温度が、確かに混じった。


 地の奥で、もう一度――

 鈍い衝撃が鳴った。


 空気が、はじける。


 徨紫の袖が、揺れた。


 紫霞は、舌を打つ。


「……やり合ってるわね。

  あんたの所の狼と、うちの瘴気が。」


 徨紫は、静かに、しかしきっぱりと。


「ええ。

  そして――どちらも、退かない。」


 紫霞は、微笑した。


「……いい舞台。」


 そして、視線を徨紫へ戻す。


「――でも。」


 声が低くなる。


「ここにいる“女”二人も、負けてはいられないでしょう?」


 徨紫は、扇を開いた。


 その所作は、武でも、礼でもない。


 ――覚悟。


「ええ。」


 煙が、風のないはずの夜に、真っすぐ立ち昇った。


「誰かの闇が深まる夜は、

  こちらの灯を――大きくする夜でもあります。」


 紫霞は、挑むように笑った。


「いいわ。」


 そして、静かに指を鳴らす。


 幻が、再び立ち上がる。

 今度は、玩具ではない。


「夜が終わるまで、付き合いましょう。」


 徨紫は、迷わず告げた。


「……あなたが折れるまで。」


 空気が、張り詰める。


 北の奥では、

 瘴と牙が、ぶつかり続けている。


 この陣同士でも、

 幻と巫術が、火花を散らす。


 そして――この夜は、


 どの場所でも、

 “引き返せぬ戦い”へと、踏み入っていた。



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