第十八章拾参 紫電、王都を穿つ
金城国王都――東門方面。
夜明け前、空はまだ墨のような暗さを抱いていた。
だが、その暗さを裂くように、何度も「紫の閃光」が大地を走った。
雷鳴ではない。 炎ではない。
――紫電。
曹華が紫叡とともに駆ける軌跡は、紫の光となって戦場を貫き、
見た者の心に“それは違う次元の速さだ”という理解を強制した。
そう、これは速度ではなかった。
意志の貫通だった。
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蒼龍国第一軍団と第二軍団が、ついに金城国王都へ迫った。
夜明け前に動くことは稀だ。だが、今日だけは違った。
蒼龍軍の陣全体が、静かに、だが確実に昂っている。
「天鳳将軍がおられる。
そして……紫電の曹華殿が前に立っている。」
兵たちの声は震えていない。
むしろ、
“勝つための震え” を抑えきれていない。
天鳳の黒刃が風を切るたび、
周囲の空気が、ひとつ、鋭く締まった。
「……まだ崩れるな。曹華が光を開くまでは。」
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王都の外郭から、金城国の守将・嶺昭の怒号が飛ぶ。
「退くな! 紫電を恐れるなと言っているだろうが!!」
だが、兵は足を止めた。
紫叡の蹄音が近づくだけで、
膝から力が抜ける者がいた。
目に映る前から、
“来ている” と理解させられる。
兵士たちは口々に叫ぶ。
「……雷より速い……!」
「影だけで斬られた……!」
「いや、あれは……“刃そのもの”だ……!」
そして最も兵を恐慌に陥れたのは、 曹華が斬った敵兵の傷口だった。
焼けてもいない。
凍ってもいない。
何も特殊な術の跡がない。
ただ――一度の斬撃で、その者という存在の“軸”が断たれる。
それが、恐れとなった。
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天鳳は前線に立ち、曹華の軌跡を見つめていた。
(……速い。
だが、ただの速さではない。)
天鳳の目は戦士の目ではなく、将の目だ。
曹華の走り――
すべてが “溢れるものをどう抑え、生かすか” という、覚醒の直後特有の危うさを含んでいた。
しかし。
「危うくはあるが……折れぬ。」
天鳳の風が曹華の紫電を包むように流れた瞬間があった。
紫電が奔り、
風が形を与える。
遠目から見た兵はざわめいた。
「……紫電が……まるで導かれている……?」
「いや、違う! 天鳳将軍の風が……合わせているんだ!」
曹華は気づいていなかった。
だがその時、確かに、
炎の朱烈が見せた“火の対話”とは別の“風の対話”
が、曹華と天鳳の間で生まれていた。
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王都の外門が、ついに視界に入った。
蒼龍軍は包囲を完成させ、
逃げ場はもうない。
曹華は槍を握り、紫叡の背で静かに息を整えた。
(……終わらせる。)
ただ一言。
それだけだった。
紫叡が地を蹴る。
大地が鳴動した。
すべての兵士の目に、
紫の光が一本の線となって焼きついた。
次の瞬間、王都外門の鉄扉が――
斜めに裂けた。
雷ではない。
炎でもない。
ただ“通った”。
一筋の紫電が。
蒼龍軍がどよめく。
「開いた……! 紫電が……城門を……!」
「いや……崩れたのではない……裂けたんだ!」
天鳳ですら、
息を吸ったまま止まった。
(この娘は……)
ただの兵ではない。
ただの才でもない。
“存在そのものが戦局を変える者”――。
嶺昭の怒号が上がる。
「退くな!! 籠城の準備を――!」
しかしその声は震えていた。
紫電の名は、
その瞬間、王都を揺るがす“恐怖の象徴”となった。
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曹華は振り返らず、ただ静かに呟いた。
「……行く。
ここで、終わらせるために。」
紫叡の嘶きが、王都の壁に響き渡った。
蒼龍の旗が、朝焼けの前に揺れ始める。
紫電が王都を穿ったその日、
歴史は静かに――だが確かに、動いた。
曹華の名は、
その瞬間 “王都を裂く紫電” として刻まれた。
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