表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三華繚乱  作者: 南優華
第十八章
275/330

第十八章拾 冥妃、盤面を描き直す

夜は黒かった。

 雲の厚さが月を呑み込み、地上は陰だけが息をする世界になっていた。


 黒蓮冥妃は、金城国の敗走した軍が築いた仮陣の頂で、ゆるりと立っていた。


 風はない。

 火の音も、兵のざわめきも、遠すぎて届かない。


 冥妃の足元でだけ、影が揺れた。

 生き物ではない。

 黒龍宗に仕える“影”たち――風と空気に溶ける黒い術士の群れだ。


「……報告を。」


 冥妃が小さく指先を曲げると、影が一人、形を取った。

 膝をつき、声を潜める。


「お言いつけの通り、白陵国に忍び込みまして……“赫の器”たる興華の霊脈を探りました。」


「興味深いわね。続けて。」


「はい。

 霊威は幼いながらも、千年に一人と言われる器と、確かに……。」


 影の声が微かに震えた。

 冥妃は唇を歪める。


(あの子が――“赫”。

 景曜の血筋は、やはり伊達ではない。)


「白華は?」


「北方部族連合にて“賓”として迎えられました。

 黒牙、赤鋼、徨紫の三族長が白華の言を認め……各部族に白華の名が広まり始めています。」


「ほう……思っていた以上の速さね。」


 冥妃は瞼を閉じる。

 呼吸を一つ、深く吸う。


(白華。

 “名”が武より早く人を動かすと知っている者。

 静かに、確実に、人の心へ這い込む力を持つ。)


「――そして曹華。」


 影は息を飲むように、姿勢を正した。


「蒼龍国の逆侵攻において……“紫電の曹華”と呼ばれ始めています。

 人馬が一体となり、雷光のように金城軍を切り裂き……朱烈将も一時撤退をされました。」


「朱烈が、ね。」


 冥妃は静かに笑った。


 愉しげでありながら、底が冷たい。


(朱烈は“火”。

 相手が燃える瞬間にこそ、美を見出す女。

 その朱烈が退くほど。)


「……曹華もまた、器の片鱗を見せたということ。」


 影は頷く。


「はい。

 曹華自身は、まだ“気づいていない”かと。」


「それでいいわ。」


 冥妃は夜に手を伸ばす。

 黒い空が、ひと呼吸分だけ震えた。


 指先から広がる影が、まるで盤面の駒のように形を結ぶ。

 北方の白華。

 蒼龍の曹華。

 白陵の興華。


 三つの点が、夜空に淡い光で浮かぶ。


(これは偶然ではない。

 散ったはずの血の華が、三つとも――生きて、大陸の端々に“芽”を出した。)


「影よ。」


 冥妃は、影の頭上に降りる気配を軽く撫でる。


「白華、興華、曹華――

 三つ揃えば“龍脈”。


 これは千年前の予言ではなく、

 千年に一度の“現実”よ。」


 影がひれ伏す。


「では、冥妃様……

 白華と曹華は――排除いたしますか?」


 冥妃の笑みが、夜より深く沈む。


「昔なら、そうしたかもしれないわね。」


 白華の“名”は国を揺らす。

 曹華の“武”は戦場を裂く。

 興華の“器”は大陸の霊脈を呼び起こす。


 三つの華、三つの在り方。

 いずれかが欠けても“龍脈”は開かない。


(興華一人を手中に収めても、器は完成しない。

 白華を殺せば北が動く。

 曹華を殺せば蒼龍が火を吹く。)


(――三つそろって、初めて開く。)


(ならば、奪う価値がある。)


「影よ。」


 冥妃は静かに命じた。


「白華を“離れすぎない距離”で見守りなさい。

 北が彼女をどう扱うか、私が知りたい。」


「はっ。」


「曹華には――まだ手を出すな。」


 影が怯えたように沈黙した。

 冥妃の声は、絹のように柔らかく、虚無のように冷たい。


「あの子は今、

“燃える前の灰”の段階。」


「……燃やすのですか?」


「いずれね。」


 冥妃は、興華の光点へ視線を移す。


「――興華は、“器”として仕上がりつつある。」


「では……興華を確保いたしますか?」


「焦らなくていいわ。」


 冥妃は微笑んだ。


「彼は…まだ自分の価値を知らない。

 知らぬままに奪えば、器は割れる。」


 影が息を呑む。


「三つの華。

 三つ揃ってこそ、真の龍脈。」


「冥妃様……まさか。」


「ええ。」


 冥妃は影を見下ろすようにして、夜空に指を描いた。


「私は――“三つとも奪う”。」


「……!」


「北にも手を。

 蒼龍にも手を。

 白陵にも影を忍ばせる。」


「三つを同時に……」


「大陸を揺らすのよ。

 千年ぶりに。」


 冥妃の声は、夜に沈むのではなく、

夜そのものを染めるように広がった。


「白華は北で花を開かせる。

 曹華は蒼龍の戦場で刃を研ぐ。

 興華は白陵で器として育つ。」


「その三つが揃えば……」


「――奪うだけで大陸が転がる。」


 冥妃はくつりと笑う。


「黒龍宗の時代を、再び。」


 影たちは、一斉に頭を垂れた。


 夜風が吹いた。

 冥妃の髪が、闇の中で黒い花弁のように舞う。


(さあ、動きなさい。

 三つの華。

 どれが先に咲くか――私が決めてあげる。)


「盤面を描き直すわ。

 ――全て、私の望む形に。」


 闇が、彼女の足元から大地へと染みわたり、

大陸全土へ、静かに、確実に広がっていった。



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ