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三華繚乱  作者: 南優華
第十八章
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第十八章玖 名と武と器が揃う時

大陸の空気は、誰にも触れられぬまま、しかし確実に“形”を変え始めていた。


東西南北の風向きが、ゆっくりと一点へと収斂しはじめる。


それは、誰かが意図して動かした風ではない。

流れが、流れのままに行き着いた必然だった。


そしてその中心に、三つの“華”があった。



---


一 北方の地にて――白華、名を得る兆し


北方部族連合の地に、白華の名が広がるのは、決して派手なものではなかった。

焚火の煙のように、静かに、しかし逃れようもなく広がる。


黒狼、赤鉄、獅紫。

三つの部族における“客”としての白華は、いまやただの客ではない。


評議の場に顔を出すたびに、

彼女の一言一言が、焚火に静かに薪を置くように、場を落ち着かせた。


それは、威圧でも権威でもない。


白華の言葉には、

誰も気づかぬうちに空気を整える“芯”があった。


「……影には影で返せば、影は影を呼びます。

 火には火で返せば、火は大地を焦がします。

 北が守るべきは、いまのこの大地そのものです。」


徨紫が民の声を聞き、赤鋼が武の均衡を測り、

黒牙は火のように沈黙を守る。


だがその沈黙が、わずかに揺れた。


黒牙は火を見つめ、ひとつ呟いた。


「……“白”は、影を照らす色か。」


その言葉が発せられた瞬間、

大幕の中の空気に、ほとんど気づかれぬ“変化”が生まれた。


白華の名は、連合における立ち位置として、

静かに、確かに、ひとつの形を持ち始めていた。



---


二 蒼龍国・戦場の西――曹華、“紫電”の名が風に乗る


金城国の王都前。

蒼龍軍第一・第二軍団が連続の進撃を見せる中、

火と土の匂いに染まった戦場で、ひとつの噂が走った。


――“紫の稲妻”が駆けた、と。


曹華の槍は、重くない。

紫叡の脚は、吠えない。


ただ、空気を裂く。


人馬一体となったその動きは、

金城兵には“斬られたことにすら気づかぬ速度”に映った。


天鳳将軍率いる本軍が鋭く破陣し、

曹華の紫電が敵軍の中心を貫き、

後詰めの第二軍団が逃げ場を塞ぐ。


王都の城門が見えたとき、

金城国軍はついに声を失った。


「……撤退だ……後退しろ! 王都へ籠れ!」


それは敗北ではない。

壊走だった。


曹華が振るう槍は、戦を楽しむものではなかった。

紫叡の脚は、勝ちに酔うものではなかった。


ただ――道を開く。


(姉上……興華……

 待っていて。私は、必ず辿り着く。)


その願いが、紫電となって戦場を流れた。


蒼龍の地では、

曹華が“戦局を変える存在”として名を刻みつつあった。



---


三 白陵国――興華、“器”の気配が暴かれる


白陵宮の奥。

夜風がわずかに揺れ、障子の影を切り取る。


興華はひとり鍛錬場に立っていた。


剣を振るうたびに、空気が震える。

だがそれは剣技の鋭さではない。


体の奥に“何か”が芽を吹き始めている。


華稜皇子が興華の手元を見て、ふっと眉を上げる。


「……興華。

 お前、以前より“重み”がある。」


「そう……見えますか?」


興華自身は、正体がわからない。

ただ、白華と曹華が遠ざかるほどに、胸の中心に熱を帯びる何かがある。


それを“力”と呼ぶのか、“気”と呼ぶのかはまだわからない。


だが――

その背後に忍び寄る影は理解していた。


(……赫の器。

 これは、完成すれば“千年の中のひとつ”となる。)


黒蓮冥妃の影。

白陵の奥深くまで入り込み、誰にも気づかれぬまま、興華の呼吸を測る。


(興華一人でも価値はある。

 だが――三つ揃えば、“龍脈の目覚め”は確か。)


白華を北に、曹華を炎に落としたのは、

興華の心を揺らし、器を開くため。


だが――冥妃は気づいた。


(いや……揃えた方が“使える”。

 三つの華、三つの器。

 ならば――手に入れる価値がある。)


白陵はまだ何も知らない。


だが、影は確かに“触れた”。


興華という価値を。



---


四 そして――三華は、形を揃え始める


北方では、白華が“名”となり、

蒼龍では、曹華が“武”となり、

白陵では、興華が“器”として浮かび上がる。


三者は遠く離れながら、

同じ一点に向かって、その存在を強めていた。


それは偶然ではない。

誰かの意志でもない。


ただ、世界が“揺らぎつつある”という前兆だった。



---


五 黒蓮冥妃の視座――動くべき者、動くしかない者


冥妃は薄闇に立ち、

大陸の地図を見ているような眼差しで呟く。


「白華が光を得る。

 曹華が刃を得る。

 興華が力を得る。


 三つの華は、散るものではない。

 ……揃うもの。」


嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく。

ただ“楽しむ者”のような表情で。


「ならば、落としどころは――争奪、ね。」


冥妃は袖を揺らす。

その一振りで、風の流れさえ変わった気がした。


「黒龍宗も、北方も、蒼龍も、白陵も。

 どれも、もう立ち止まれない。」


それは宣告でもあり、予言でもあった。


三つの華の運命は、

いまや大陸の形そのものを変える境界線となりつつあった。



---


六 大陸全図――揺らぎの前夜


北――白華の名が、火を穏やかに鎮める。

蒼――曹華の武が、戦を裏返す。

白――興華の器が、世界の均衡を揺らす。


そして中央――黒龍宗が、動く。


大陸は静かだ。

しかしその静けさは、

焚火が大きく息を吸い込む前の、一瞬の停滞。


風が吹く。

どこからともなく。


火が揺れる。

誰に触れられるわけでもなく。


その瞬間――

三つの華の存在は、確かに“揃い始めた”。

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