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三華繚乱  作者: 南優華
第十八章
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第十八章伍 北方の白華/蒼龍の曹華/白陵の興華

◆ 北方の白華 —― 火と鉄と霜の地にて


 霜風が吹いていた。

 山脈から落ちる風は鋭いはずなのに、白華の頬を刺す冷たさは、どこか透明だった。


 黒狼族の陣。

 赤鉄族の鍛冶場。

 獅紫族の祈祷の場。


 そのすべてが、白華の目の前に”並べられて”いた。


 試すためではない。

 ――見極めるため。


 黒牙は言った。


「北は、お前を試さぬ。

 ただ、見る。

 そこに在るものを。」


 その言葉の通り、北方三族は白華を囲むようにして、しかし誰も道を示さず、何も押しつけてこない。


 白華はその沈黙の重さを理解していた。


(私が何を語り、どう歩くか。

 それを北は見ようとしている……)


 赤鉄族の鍛冶炉を前に立つと、赤鋼が腕を組んで言った。


「白華。

 “器”は、火と打ち槌で強くなる。

 だが同時に、火で割れる。」


 白華は問う。


「どうすれば、割れずにすみますか。」


 赤鋼は笑う。


「割れるか割れぬかは――器自身が決めることだ。」


 白華は短く目を伏せた。


 その背では、黒牙が黙して白華の足取りを見守り、

 徨紫は煙の向こうからその心の揺れを読み取る。


 白華は歩くたびに、自分の静けさが周囲の空気に溶けていくのを感じた。


(私は……ここで、”白華”という名を示さなければ。)


 北の大地は、白華の言葉ではなく――


 白華自身を見ようとしていた。



---


◆ 蒼龍の曹華 ―― 紫電、金城を裂きながら進む


 砂塵の地平が震えていた。


 蒼龍第一軍団と後詰めの第二軍団による金城国への逆侵攻は、すでに王都北街道の要衝へ迫っていた。


 その中心を駆ける影――曹華と紫叡。


 雷光のように駆け、斬り裂き、

 疾雷のように通り抜ける。


 その走りは兵の目に残像だけを焼きつけた。


「——紫電だ!

 紫電の曹華が来るぞ!」


 金城軍の叫びは恐慌の帯を引く。

 崩れた隊列を雷毅率いる親衛隊が突破し、

 遊撃隊がそこへ雪崩れ込む。


 曹華の胸には、まだ熱が揺れていた。


(……白華姉さんと興華……生きている。)


 冥妃から告げられたその言葉は毒であり、光でもあった。

 嬉しさではなく、震えだった。

 信じていたからこそ、本当に生きていると知らされることが怖かった。


 だが――心の奥は、確かに燃えた。


 紫叡に伝播し、蹄が地を裂き、風を巻き起こす。


 曹華は叫びを上げたわけではない。

 槍を掲げたわけでもない。


 ただ、前へ。

 ただ、生き延びたいという声を抱えて。


「曹華、右だ!」


 雷毅の声に、曹華は槍を翻す。

 紫電が走り、金城兵の刃を弾き飛ばす。


 金城軍は崩れた。

 嶺昭の号令も届かない。

 朱烈は撤退し、金城軍全体が後退から逃走へと転じていく。


(私は……燃え尽きない。

 燃え上がらず、消えない火。)


 紫叡が嘶く。

 曹華は前へ。

 その姿は、蒼龍軍に新しい風を生んでいた。


 ――紫電の曹華。


 その名が、初めて軍に響いた。



---


◆ 白陵の興華 ―― 赫の影、静かに忍び寄る


 白陵京の訓練場には、冬の陽が傾き始めていた。


 興華は額の汗を払った。

 華稜皇子が息を整えながら笑う。


「興華、今日も容赦がないね。」


「……手加減したつもりなんですけど。」


「なら僕ももっと鍛えないと。」


 白華が北へ発ち、

 曹華の消息は風の噂でしか届かない。


 興華は、胸の中心にぽっかりと空いた穴を抱えながら――

 それでも立ち続けていた。


 ふと、背筋に違和感が走る。


(まただ……)


 振り返っても誰もいない。

 庭の奥、廊下の影、夜の稽古場。

 視線だけが、確かにそこにある。


 白陵の者の気配ではない。

 皇城に仕える者とは違う、冷たく、湿り気のある気配。


(白華姉上……曹華姉……)


(どうして……胸がざわつくんだ……?)


 華稜皇子が声をかける。


「興華、顔色が悪い。」


「……大丈夫です。」


 言いながらも、興華の指先はわずかに震えていた。


 白華も曹華も、ついに自らの道を歩き始めた。


 その二人の影を追い、

 黒龍宗は――最後の“赫の器”にも静かに触れようとしていた。


 興華はまだ気づかない。


 だが確実に、影は近づいている。



---


◆ 三つの鼓動、三つの大地で鳴る


 北方の白華は、

 静かに自らの名をこの地へと刻みはじめた。


 蒼龍の曹華は、

 紫電の名を刻みながら疾走し、その胸に新たな熱を抱いた。


 白陵の興華は、

 知らぬところでその血脈を狙う“影”の標となりつつあった。


 三つの華は、

 今や三つの大地と三方の風に散り――


 それでも同じ源に根を持つ“華”として、

 運命の地平がゆっくりと彼女たちを結び始める。



---

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