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三華繚乱  作者: 南優華
第十八章
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第十八章参 紫電の刃、金城を裂く

砂塵は夜明けの風に乗り、赤く染まった空へ薄く舞い上がっていた。


 金城国の前線が崩れ、後退し、そして――逃げ始めたのは、つい数刻前のことだ。


 だが、それで終わりではない。


 蒼龍国軍は追う。

 押し返すのではなく、戦をひっくり返すために。


 その先頭に立つのは、天鳳将軍でも、朱烈でもない。


 ――曹華と紫叡だった。


 



 紫叡が地を蹴るたび、土が爆ぜ、空気が裂けた。


 走っているだけではない。


 疾る、閃く、突き抜ける――まるで雷光のように。


(生きている……二人とも。)


 胸の奥に燃えるのは、炎ではない。


 燃えすぎて砕けるような熱ではなく、

 押し殺した叫びがようやく息を得たような、震える光だ。


 姉――白華。

 弟――興華。


 ずっと、生きていると信じてきた。


 しかし同時に、

 “もしどこかで死んでいたらどうしよう”

 という恐怖を抱え続けてきた。


 その矛盾を抱えた胸に、冥妃はあまりにも容易く真実を落とした。


『――二人は、生きているわ。』


 その一言で、

 胸の底の何かが弾け、光になって走り出した。


 紫叡の気配も変わった。

 肩の筋肉が波打ち、息が空気を引き裂き、

 蹄が地面を踏むたび、紫の光が散るようにさえ見える。


 曹華の鼓動は、紫叡のそれと同調し始めていた。


(私は、走れる。

 ――今なら、どこまでも。)


 砂塵の向こうから、金城兵の叫び声が聞こえた。


「来るな……来るな……!

 “紫電”だ……あれは蒼龍の――!」


「化け物かよ……あれが人間の速さか……!」


 恐怖は、伝染する。


 蒼龍軍が撃ち崩されていたとき、金城兵は誇りを持っていた。


 だが今、

 戦場に響くのは恐怖と混乱の匂いだけだった。


「曹華!」


 雷毅の声が後方から伸びた。


 彼は第一遊撃隊の指揮をとり、曹華を追って迫っている。


「前は任せろ! お前は貫け!」


「わかってる!」


 短く返し、紫叡の腹を軽く蹴った。


 紫叡の身体が伸び、

 その走りは――まさに雷の線そのもの。


(姉上……興華……)


(私は、ここで止まらない。)


(再び、三人で並ぶために――)


 



 金城国軍は、国境から二十里ほどの地点で陣を再編しようとしていた。


 だが、その試みも遅かった。


 蒼龍軍第一軍団の後詰めが追いつき、

 さらに第二軍団の旗が遠くに見え始める。


 金城国の士気は、砂のように崩れつつあった。


「……あれが“紫電”か。」


 金城国軍副将が、震えた声で呟いた。


 戦場の中央を駆け抜ける影――


 馬上で槍を振り抜き、

 敵兵を薙ぎ、貫き、

 まるで風そのものを斬るような軌跡。


 そのすべてが、紫色の残光の帯を引いていた。


 



「止めろ! 止めてみろ!

 あいつさえ止めれば前線は保て――!」


 金城の隊長が叫んだ瞬間、

 曹華はその前にいた。


 視界に捉えた敵の刃は、まだ下ろされていない。


 だから曹華の槍が、先に敵の呼吸を断った。


 切り裂いた音は小さく、

 だが確実に戦場を分ける境になった。


 紫叡が跳ね、着地した瞬間、

 曹華は次の敵へ槍を突き込み、

 打ち払う。


 顔を上げれば、敵は後退していた。


 視線を向ければ、敵は怯んでいた。


 紫叡が一声嘶くと、

 その声が戦場全体の脈を変える。


 雷毅たち遊撃隊が波のように押し寄せ、

 第一軍団がその背後を押し出し、

 蒼龍軍は完全に“攻勢”の形となった。


 



「金城軍、退いていくぞ!」


「勝てる……勝てるんじゃないか!?」


 蒼龍兵たちの鼓動が高まり、

 声が強くなる。


 曹華は、その波の中心にいた。


(私は、燃えない火。

 でも――光にはなれる。)


 砂を切り裂きながら、曹華は呟いた。


「――紫電。」


 誰かが名づけた。

 この戦場がつけた名。


 私の名ではない。


 だが、それは私の“今”を表す色だった。


 紫叡の走りがさらに伸びる。


 敵陣の横腹へ回り込み、

 隊列を崩し、

 後方を混乱させ、

 それを遊撃隊が正面から叩く。


 圧倒的な速度と連携が生まれていた。


「退け! 退け!

 国境線まで下がれ!

 本陣を固めろ――!」


 嶺昭は後方から怒号していたが、

 兵は振り向く余裕もなく走っていた。


 兵が逃げれば、隊が崩れる。

 隊が崩れれば、戦は瓦解する。


 金城軍の敗走はもはや時間の問題だった。


 



 砂塵の向こうに、金城国の都――金燈へ続く道がうっすらと見え始めた。


 曹華は槍を握り直す。


(ここから先は――国を裂く。)


(でも、それが道なら、私は進む。)


 紫叡が静かに首を振り、歩幅を整えた。


 曹華は息を吐く。


「行こう、紫叡。」


 紫叡が嘶き――走り出す。


 その瞬間、

 蒼龍軍全体が、もう一度前へ動いた。


「紫電の曹華が抜けたぞ!」

「続け! 第一軍、押し込め!」

「金城軍を金陵まで追い返すぞ!」


 戦場は、

**紫の閃光が切り拓いた“勝ち筋”**を

そのまま形にし始めた。


  

――金城国の戦況は、

この日を境に完全に傾いた。


━━

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