第二章 曹華伝七 将軍の眼差し
天鳳将軍は、執務室で上質な茶を啜りながら、静かに思索に耽っていた。今この場に曹華の姿はない。おそらく、女官たちとの諍いという剣では解決できぬ問題に直面し、訓練場の戦友たちに助言を求めている頃だろうと、彼は推し量っていた。
あの川岸で彼女を拾ったあの日、天鳳の行動は冷徹な打算に基づいていた。「柏林王族の血筋」という情報は、いずれ国政に利用できる可能性を秘めている。しかし、致命的な傷を負った少女が果たして生き延びるのか、当初はそれすら疑わしかった。仮に命を取り留めても、利用価値が尽きれば、父の仇である自分をけしかけて憎悪に狂わせ、その果てに始末させればよい――天鳳はそう算段していた。
だが曹華は、彼の予測を心地よく裏切った。
彼女は驚くほどの努力家で、何より聞き分けがよかった。「価値に従う」と即座に応じた潔さは、すでに及第点である。武の才は幼いながらに光り、知略の面では稚拙であったが、今の彼女なら弱点を自覚し、それを埋めようと必死に学んでいる。敵地でなお生き延びようとする執念は、並の兵士の比ではなかった。
「……あの時の判断は、間違いではなかったようだな」
茶器の縁を指でなぞりながら、彼は静かに呟く。
蒼龍国の五将軍筆頭に甘んじる男ではない。天鳳の胸には、いずれこの大陸を揺るがすであろう壮大な構想が渦巻いていた。その計画において、曹華という存在の価値は日に日に増している。彼女の成長は、思惑以上の速さで天鳳の期待を超えつつあった。
「まったく……良い拾い物をしたものだ。亡国の小娘が、ここまで面白い素材になるとはな」
口元に浮かんだわずかな笑みは、冷徹な将軍の仮面をひととき崩す。
その笑みを知る者は、この大陸にほとんど存在しない。
天鳳の壮大な計画の全貌は、このときまだ誰一人知らない。だが、確かにその歯車は回り始めていた。そして、小さな駒にすぎなかった曹華もまた、その渦に飲み込まれていくのであった。
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