第十五章弐 曹華の復帰(二)
翌朝、曹華はまだ薄明るい時間に目を覚ました。
前日の復帰初日――天鳳将軍と趙将隊長への報告と現場検証――は、彼女の胸に重くも安堵の感情を残していた。
あの二人の眼差しには厳しさと同時に、深い心配が滲んでいた。
趙将隊長の声は、まるで父が娘を案ずるかのような温もりを含んでいた。
それを思い返すたびに、曹華は心の奥がじんわりと熱くなるのを覚える。
(今日からは、仲間の前に立たなければならない……)
復帰二日目、いよいよ親衛隊に戻る日だ。
彼女は緊張で胸を締め付けられるのを感じながら、隊服に袖を通した。
腰の槍を確かめ、深呼吸をひとつ。
「曹華副隊長」として、仲間たちにどんな顔を見せるべきか――その答えを探しながら、詰所へと歩を進めた。
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親衛隊の詰所は、朝の空気の中で既に活気づいていた。
槍を持った兵が行き交い、笑い声や掛け声が響く。
曹華が門をくぐった瞬間、空気がぴたりと止まった。
鍛錬場の真ん中で模擬戦をしていた者も、槍を磨いていた者も、皆がこちらを振り向いた。
「……曹華副隊長」
低い囁きが広がる。
その中を、ひときわ大きな声が響いた。
「曹華!」
雷毅だった。
真っ先に駆け寄り、顔を綻ばせて彼女の肩を叩く。
「戻ってきたんだな! お前がここに立ってる、それだけで皆安心する」
その言葉に、曹華の胸は熱くなった。
だが同時に、周囲の視線の温度差もはっきりと感じ取っていた。
喜びに満ちて近づく者もいれば、遠巻きに黙って見ている者、僅かに疑わしげに目を細める者もいた。
(……やはり、簡単には戻れないか)
心のどこかで覚悟していたことが、現実として迫ってきた。
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雷毅は彼女を気遣うように、少し声を落とした。
「昨日、将軍と隊長に報告してきたって聞いた。大変だったな」
曹華は小さく頷く。
「……でも、天鳳将軍も趙将隊長も、私を信じてくれた」
雷毅はにっこり笑った。
「それで十分だ。俺も信じてるし、仲間もきっとわかってくれるさ」
その屈託のない笑顔に、曹華は心の支えを感じた。
雷毅が隣にいる限り、前を向ける――そう思わせてくれる存在だった。
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その後、訓練場で正式に曹華の復帰が告げられた。
隊員たちは一斉に彼女へ視線を向ける。
「曹華副隊長、戻られました!」
伝令役の兵の声が響く。
一瞬の静寂ののち、場はざわめきに包まれた。
「よかった」「やっと戻ってきたか」という安堵の声もあれば、ただ小さく頷くだけの者もいた。
曹華はその全てを受け止め、静かに一礼した。
「……ただいま戻りました。皆の力を借りて、また歩んでいきます」
短い言葉だったが、その声は揺るぎなく、仲間たちの胸に届いた。
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その日の訓練で、雷毅が曹華に模擬戦を申し込んだ。
「お前が本当に戻ってきたのか、剣で確かめさせろ!」
広場に円ができ、皆が息を呑む中、二人は槍と剣を構えた。
金属が激しく打ち合わさり、火花が散る。
雷毅の力強い斬撃を、曹華は正確な槍捌きで受け流す。
長い休養の影響を心配する声もあったが、曹華の動きは淀みなく、むしろ以前より鋭さを増していた。
「さすがだな!」
雷毅が嬉しそうに叫ぶ。
「副隊長の座は伊達じゃねえ!」
その声に、周囲の兵たちから歓声が上がった。
「やっぱり曹華副隊長だ!」
「強え……!」
ざわめきが一転し、信頼と熱気に満ちた空気へと変わっていった。
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夕暮れ、訓練を終えて詰所を出る頃。
曹華は胸に深い安堵を抱いていた。
昨日、天鳳将軍と趙将隊長に守られるように迎え入れられたこと。
そして今日、仲間たちと再び汗を流し、雷毅と剣を交えて互いを確かめ合ったこと。
すべてが「ここに戻ってきた」という実感となって、彼女の心を支えていた。
(私は……まだ人を信じられる。仲間と歩ける)
夜空に瞬く星を仰ぎ、曹華は小さく息を吐いた。
その瞳には、再び立ち上がる者の確かな光が宿っていた。
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こうして曹華の復帰二日目は、仲間との再会と模擬戦を通じて「居場所の再確認」となった。
疑念や冷たい視線は消えてはいない。だが、雷毅と仲間たちの笑顔があれば、それを越えて進む力が彼女に宿る。
彼女の戦いはまだ続く。
だが、この一歩が未来へ繋がる確かな礎となった。




