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三華繚乱  作者: 南優華
第十四章
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第十四章玖 光の真実

――回廊が震動した。

 興華と彗天の剣戟がぶつかり合い、雷鳴のような衝撃音が響き渡る。石造りの柱が軋み、張り巡らされた窓枠の硝子が耐え切れず粉砕された。

 鋭い破片が宙を舞い、血飛沫のように赤い夕陽を反射する。


 「うおおおッ!」

 興華の気功と霊力の奔流が、彗天の狂気を押し返す。

 彗天は獣のように咆哮し、剣を振り下ろす。

 衝撃で二人の体は窓の外へと弾き飛ばされた。


 中庭の石畳に轟音を立てて着地する。

 砕けた硝子が降り注ぎ、石畳を無数の火花のように散らす。

 戦いの舞台は、ついに広大な宮廷の中庭へ移った。


 回廊には荒々しい残響だけが残り、沈黙と崩壊の痕跡が漂う。夕日の赤はまるで血の池のように、そこかしこに広がっていた。



---



 雪嶺は剣戟が去った回廊に足を進めた。

 目の前に横たわるのは――血塗れの白華の亡骸。


 「……っ」

 豪胆な老将の胸が、ぐらりと大きく揺れた。

 戦場で幾多の兵の死を見送ってきた彼でさえ、まだ二十三歳の若き才女の終焉は、言葉にできぬ痛みとなって胸を抉った。


 彼の脳裏に、政務の場で堂々と意見を述べる白華の姿がよみがえる。清峰宰相や霜岳大司徒を前にしても怯まず、むしろ論を導き整理する知恵を示したその姿。

 戦場で剣を振るうことはなくとも、あの娘は確かに「国を支える力」を持っていた。


 「せめて、供養だけはしてやらねば……」

 雪嶺は膝をつき、両手を合わせる。

 夕日が差し込み、血に濡れた亡骸の上に赤い光が落ちていた。


 ――沈痛な祈りが流れ、重苦しい沈黙が広がる。



---



 その時だった。


 亡骸の上に、淡い光が生じた。

 雪嶺は反射的に目を細める。夕陽ではない、明らかに異質な輝き。


 「な……っ!?」

 血に塗れた体の輪郭が揺らぎ、まるで幻影が溶けるように崩れていく。

 赤黒い血潮が薄れ、肉体が形を失い、やがて光の中から新たな姿が浮かび上がった。


 そこに立っていたのは――無傷の白華。


 夕日と淡光を背にした彼女の姿は、儚くも毅然として、幻か神話の巫女のようにさえ映った。



---



 「……白華!? まさか……これは幻か!?」

 雪嶺の声が掠れ、祈る手が震える。


 白華は静かに首を振り、淡い光を纏ったまま一歩前に出た。

 「いいえ、これは幻ではありません。仙術です」


 雪嶺は息を呑む。


 「私の霊力を媒体にして作り出した分身体……。こうでもしなければ、彗天中将の凶行を証明できませんでした」


 その説明は冷静で、明瞭だった。

 まるで自らの死を演出することすら想定に入れていたかのような胆力。


 雪嶺は、長い戦歴の中で数え切れぬほどの修羅場を潜ってきた。だが、この若き才女の覚悟には、さすがの老将も言葉を失った。


 「……貴様という娘は……どこまで……」

 思わず吐き出した声は、驚愕と敬意と、そして安堵の入り混じったものだった。



---



 白華は静かに夕日を見上げ、囁くように言った。

 「この後は興華に任せます」


 だがその声音の奥には、抑えきれぬ不安が滲んでいた。

 ――弟はまだ十七歳。あまりに若い。あまりに危うい。


 それでも彼女は信じなければならなかった。

 「また家族を失うのでは」という恐怖を胸に抱えながらも。


 夕日の赤と、白華の纏う光が重なり合い、回廊は荘厳な輝きに包まれる。

 その一方、中庭では怒りと狂気の剣戟が続いていた。


 ――修羅場の幕は、まだ上がったばかりだった。

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