第十四章伍 回廊の対峙(二)
彗天中将の剣が高々と振り上げられた。刃は傾きかけた夕陽を反射して真紅に煌めき、回廊に鋭い光を撒き散らす。
その切っ先が向けられるのはただ一人――白華。
だが、白華の瞳には恐怖の色はなかった。
(……逃げるのではない。私は、生き残る。そのために時間を稼ぐ。興華の姉として、ここで立ちすくむわけにはいかない)
胸中で固く誓い、白華は小さく息を吐いた。
次の瞬間、彗天の剣が風を裂いた。
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彗天の剣は容赦なく迫る。白華は身を翻し、衣の裾を翻してその刃をかわした。
鋼が壁を打ち、火花が散る。
(速い……! だが、私は舞のように逃げればいい。剣を受け止める必要はない……!)
剣術の心得など持たない白華にできるのは、ただ躱すこと。だが、その一歩一歩は確かに「生き延びるための知恵」だった。
彼女は歩を回廊の奥へ進める。――人の声がする方へ。
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「逃がすものか……!」
彗天の目が血走る。
この場で斬り伏せなければ、証拠も証人も現れる。皇族たちや近衛兵に見られれば、彼の計画は潰える。
だからこそ、焦燥が彼を突き動かした。
剣を振るいながら、彗天は白華を回廊の奥へと追い詰めていく。
しかし、白華はただ怯える娘ではなかった。次の角へ、さらに次の柱へ――巧みに動きながら、少しずつ人の気配がする方へと誘導している。
「小娘が……!」
彗天の声は憎悪に満ちていたが、その奥底には焦りと恐れが滲んでいた。
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その頃、近衛隊の練兵場。
興華は仲間たちと模擬戦を続けていた。だが、突然胸が締め付けられるような感覚に襲われ、剣を振るう手が止まった。
「……っ!」
何かが、姉の身に迫っている。そう直感した。
「興華? どうしたんだ?」
同期の隊員が声を掛ける。
「悪い……!」
興華は答えもそこそこに稽古場を飛び出した。胸騒ぎはただの感覚ではない。姉と過ごした十六年で培った絆が告げている――「今、姉が危ない」と。
彼は全力で宮殿の回廊へ駆け出した。
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別の場所で、雪嶺大将は政務官たちと短く話を交わしていた。
その時――鋭い殺気が宮廷を貫いた。
「……これは……」
老将の眼差しが険しさを増す。
長年の戦場で鍛え上げられた感覚が告げていた。これは人を斬る寸前の気配。しかも宮廷の中から。
思い当たるのは、ただ一人。
(……彗天! まさか……!)
雪嶺は老いた身体に鞭打ち、殺気の走る方向へと駆け出した。
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回廊の奥。
白華はようやく人気のありそうな部屋の近くまで辿り着いた。だが、そこに至る前に、彗天の剣が横一文字に閃く。
衣の袖が裂け、冷たい刃風が白華の頬をかすめた。
「っ……!」
痛みではない。命の境が紙一重に迫った感覚だった。
彼女は息を切らしながらも、足を止めない。心の中で静かに言葉を刻む。
(ここで倒れるわけにはいかない。私は……生きて、興華を守る……!)
だが、ついに回廊の行き止まりの奥の部屋まで追い詰められてしまった。
彗天の剣が振り上げられ、狂気の光を帯びて迫る。
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夕日の赤が回廊を満たし、血の色のように染め上げる。
白華は壁を背に、深く息を吸った。
「……来なさい、彗天中将」
彼女の声は静かで、毅然としていた。
剣を振り下ろそうとする彗天。その目には憎悪と焦燥が渦巻いている。
その瞬間、廊下の奥から複数の足音が響き始めた――。




