第十二章拾弐 曹華への想い
最初に彼女と剣を交えた日のことを、俺は今でも鮮やかに覚えている。
鍛錬場。新しく親衛隊に配属された者として紹介されたのは、年若い娘だった。十五にも届いていないだろう。少女の面影を残しながら、しかしその瞳は真っ直ぐに光を放っていた。名は――曹華。
俺は内心で鼻で笑っていた。女が兵に混じるなど、形だけのものだろう。軽く打ち倒して恥をかかせるのもどうかと思ったが、模擬戦を命じられた以上、手を抜くわけにもいかない。
木剣を握り、彼女と向き合う。合図と同時に踏み込んだ俺の一撃は、誰が相手でも防げぬ速さと自信があった。だが――その刹那。
俺の剣は空を切った。
曹華は身体をしならせてすり抜け、逆に俺の懐へ潜り込む。そのまま木剣が俺の剣を弾き、体勢を崩された俺は、次の瞬間には背を取られていた。
鍛錬場に笑いが広がる。仲間たちの失笑が突き刺さる。だが、俺の胸に湧いたのは屈辱ではなかった。むしろ――昂揚感だった。
「この女は、本物だ」
敗北を恥じるよりも先に、俺はそう確信していた。
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それからの日々、俺は曹華と幾度となく剣を交えた。最初はただ追いつきたくて必死に稽古を積み、やがて互いに磨き合う好敵手になった。彼女の戦い方は独特だった。力では劣る分、体捌きと読みで相手を崩す。無駄がなく、常に冷静で、時にこちらの動きを先んじているかのようだった。
負けたことを屈辱だと思ったのは、最初の一度きりだ。それ以降は、勝とうが負けようが構わなかった。ただ、彼女と刃を交えることで自分が強くなれる――それが嬉しかった。
だからこそ、曹華は俺にとって特別な存在になっていった。戦友であり、導き手であり、そして……気づけば心の中に芽生えた熱は、ただの敬意では説明できないものになっていた。
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だが、曹華は常に自分を律していた。
彼女は女であることを否定はしない。だが、女としての幸せを求めることを自らに禁じている。それが過去の何に起因するのか、俺には分からない。彼女は語らないし、俺も無理に聞こうとはしなかった。
けれど、その硬い決意の裏に、時折ふとした隙間が覗く。稽古を終えて汗を拭う瞬間の笑顔。兵舎の片隅で交わす、何気ない会話の柔らかさ。その一つ一つが、彼女もまた「普通の娘」であることを示していた。
俺は、その瞬間に心を掴まれる。
戦友としての想いと、男としての想い。どちらが本当かと問われれば、答えはすでに出ている。だが、それを口にすることはできない。彼女の決意を知っているからだ。
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夜、槍を磨く彼女の横顔を見たことがある。淡い灯りに照らされるその姿は、戦場の駒などではなく、一人の若い娘のものだった。だが彼女は、きっとそれを自分で許さない。
「求めてはいけない」と。
ならば、俺にできるのはただ一つだ。
彼女の隣に立ち続けること。戦友として、共に剣を振るい続けること。守りたいと願うのが男としての想いだとしても、それを戦友の顔で覆い隠すしかない。
それでも――心の奥底にある願いを消すことはできなかった。
「いつか、彼女に振り向いてほしい」
それは戦場の勝敗とは関係ない。剣では決して勝ち取れないものだ。だが、俺の心はあの日からずっと、その想いに縛られている。
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最初の敗北の日。あの瞬間から、俺の人生は変わった。
曹華は俺にとって、ただの戦友ではない。守りたい存在であり、憧れであり、そして――愛する人だった。




