表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三華繚乱  作者: 南優華
第一章
17/328

第一章十六 天鳳と牙們

薄れゆく意識の中で、牙們の狂気的な怒声は、不意に切り裂かれた。

その声は刃よりも冷たく、凍り付くように静かだった。


「……こんなところで何をしているのですか、牙們将軍」


牙們の咆哮が止む。

彼は憎悪に満ちた目で声の主を振り返った。そこに立っていたのは、蒼龍国の将軍服を纏った一人の男――その気配は静謐にして威圧的、泥濘に転がる私や獣のように吠える牙們とは、まるで別世界に属する存在だった。

この男こそ、牙們が「忌々しい鼠」と呼び、復讐の機会を奪われたと恨み続けてきた宿敵――蒼龍国の名将、天鳳将軍であった。


牙們は怒りで震える喉から、かろうじて丁寧な言葉を絞り出す。

怒声に混じる獣性を抑え、本能的に敬語を選んでしまう自分自身に、さらに屈辱が募った。


「…これはこれは天鳳将軍……。この牙們に、何かご用でございますか?」


天鳳の眼差しは冷ややかだった。彼は牙們を見据え、次いで川面に視線を流す。


「用件はひとつ。――あなたの不始末です」

その声は怒りでも嘲笑でもない。ただ事実を告げる冷酷な刃だった。


「王族の居所を突き止めたこと、それ自体は功績と認めます。しかし……あなたは遊戯のように嬲り、任務を長引かせた。結果、王族の血筋を逃した」

天鳳の視線は、倒れる私ではなく、闇の激流に呑まれた白華と興華を示していた。


「狂犬のように吠え立てても、逃げた王族は戻りません。そして、あなたの私情がこれ以上任務を荒らすなら――不要となるのはあなたの方です」


牙們の顔が憤怒に歪む。顔の刀傷が痙攣し、血管が浮き上がった。

彼は唸るように言い放つ。


「天鳳将軍……。あの小僧は必ずこの手で殺す……! そして、あの小娘……! 私に一撃を入れた、あの屈辱は――!」


「黙りなさい、牙們」

天鳳は牙們の言葉を断ち切った。その声音には苛立ちすらなく、ただ冷徹な支配力があった。


「討伐隊を率い、村を占拠する。川の流れが生死を決める。いずれ答えは出る。――それまであなたに役目は残されている」


牙們は一歩踏み出しかけた。殺気が溢れ、今にも斬りかかりそうだった。

だが、天鳳の眼差しを見た瞬間、その殺気は凍り付く。

牙們は、全身を震わせながらも逆らえず、最後に私を睨みつけ、唾を吐くように呟いた。


「……覚えておけ、小娘。貴様が今日生き延びたこと、必ず一生後悔させてやる」


彼は怒りを抱えたまま背を向け、闇の中へと消えていった。


牙們の背が遠ざかるのを見届けると、天鳳将軍は初めて私に視線を落とした。

その双眸には怒りも同情もなく、ただ冷酷な計算の光だけがあった。


「……まだ生きているか。運の強い……あるいは、厄介な小娘だ」


彼は部下を呼び寄せ、命じる。


「拾え。この娘は殺すな。――生かしておくことに、価値があるかもしれない」


その声が私の耳に届いた最後の響きとなり、意識は完全に闇へと沈んだ。


【第一章 完】

面白い、今後に期待、などなど。

ありましたら高評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ