第一章十五 三華散る
白華と興華が激流に身を投じるのを見届けた瞬間、私の体から力が抜け落ちた。
牙們に必死でしがみついていた腕は力を失い、私は泥濘の地へと崩れ落ちる。
安堵、恐怖、痛み――それらが渦を巻き、頭の中が真っ白になっていく。
牙們はしばし動かなかった。
彼もまた、獲物を取り逃がした衝撃に、一瞬だけ硬直したのだろう。
だがすぐに、その顔が歪み、怒りが爆発した。
「おのれぇええ! 貴様らぁあああ!」
獣の咆哮のような声が、谷間の夜を揺らす。
牙們は地に崩れ落ちた私を片手で掴み上げ、吐き出せぬ怒りをぶつけるように、川岸の泥へと投げ捨てた。
私の体は土と水にまみれ、まるで人ではなく屑のように扱われる。
彼は追うべき標的を失い、復讐の捌け口をも失い、ただ狂気の塊と化して吠え続けていた。
――ここで死ぬ。
私はそう覚悟した。
死ねば、父と母に会えるだろうか。
そのときは言わなければ。護ると誓ったのに護れなかったことを――謝らなければ。
意識が闇に沈みかけたその時、鋭い声が夜気を裂いた。
牙們の咆哮を切り裂き、凍り付かせるような静謐な声だった。
「……こんなところで何をしているんですか。牙們将軍」
牙們の動きがピタリと止まる。
その声音には冷徹な威圧がこもり、牙們でさえも抗えぬ力が滲んでいた。
私は、その声の主を知ることはできなかった。
ただ、最後に閃光が視界を焼き、私は深い闇へと沈んでいった。
(……)
一方その頃――。
白華と興華は、夜の激流に呑み込まれていた。
冷たい奔流が容赦なく二人の体を引き裂こうとする。
彼らがどうなったのかを、この時の私は知る由もなかった。
……こうして三つの「華」は、この夜を境に散り散りとなった。
故郷を失い、父母を失い、そして今、姉弟の絆さえ引き裂かれた。




