第十一章拾弐 闇を切り裂く連携
闇をまとった黒蓮冥妃の瞳に、初めて僅かな苛立ちが浮かんでいた。
天鳳将軍の刃は一切の隙を与えぬ鋭さを備え、雪嶺大将の槍は歳を重ねた者のみが持ち得る老獪さと重みを纏っていた。
彼女は連撃を受け止めながら、心中で静かに認めざるを得なかった。
――なるほど。これが人の頂に立つ将か。
四冥将を一人ずつぶつければ、いずれも苦戦は免れまい。下手をすれば、討ち取られる可能性すらある。
白銀の槍が闇を裂き、黒刃の剣が影を切り裂く。
ふたりの呼吸は戦場の炎のように揃い、隙なく連携して彼女に迫る。
「ふふ……愉快よ」
黒蓮冥妃の口元に、挑発にも似た笑みが浮かぶ。だがその目は、愉悦と同時に慎重さを帯びていた。
「人の将といえど、侮れぬ。――だが、それでも、この黒蓮を討てると思うな」
闇の気が膨れ上がり、天幕の中は再び影に呑まれた。
剣と槍、そして闇の奔流が交錯し、戦いはさらなる激しさを増していく――。
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天鳳の黒刃が、地を払うように薙ぎ払われた。
その刃筋は闇を裂き、奔流の一部を吹き飛ばす。
すかさず雪嶺の槍が突き込まれ、黒蓮冥妃の衣をかすめた。
「……ッ!」
冥妃の頬に冷ややかな傷が走り、黒い血が一滴、空間に溶けた。
天鳳と雪嶺の視線が交錯する。
互いの言葉はない。だが呼吸は確かに噛み合っていた。
――この連携を続ければ、押し切れる。
二人は心中でそう確信し、さらに攻めを強めた。
槍が縦横無尽にうねり、剣が閃光のように割り込む。
冥妃の回避は次第に苦しくなり、余裕の笑みは次第に影を失っていく。
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「……いい加減に…黙れ!」
冥妃の叫びと同時に闇が爆ぜた。
漆黒の奔流が四方へと迸り、天幕を支える柱が軋み、裂ける。
影の嵐は内から外へ吹き荒れ、幕布が破れ、光が閉ざされた。
「ぐっ……!」
「ぬぅッ……!」
天鳳は剣を振り上げて影を裂き、雪嶺は槍で奔流を押し返す。
だが押し寄せる闇は濃すぎて、呼吸すら奪う。
天幕は轟音とともに吹き飛んだ。
破れた布切れが虚空に舞い、昼なお闇に沈む異様な光景が広がる。
外の親衛隊が驚愕の声を上げ、牙們と凍昊が即座に反応する。
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「何だ、今の気の奔流は……!」牙們が剣を構え直す。
凍昊は険しい表情で前を遮った。
「下がれ! あれは我らが踏み込むべき戦場ではない。兵を巻き込めば全滅だ!」
「チッ……!」
歯噛みしながらも、牙們は頷き、親衛隊に後退を命じる。
兵たちは恐怖と困惑の中で整列を崩さぬよう必死に退き、遠巻きに黒き嵐を見つめるしかなかった。
二人の将――天鳳と雪嶺の姿が、影の奔流の中にかすかに浮かんで見える。
牙們も凍昊も、その背を信じ、ただ見守るしかなかった。
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黒蓮冥妃の笑みが、ついに崩れ始めた。
「……しつこいッ!」
闇の腕がうねり、二人へと襲いかかる。
天鳳は踏み込み、剣を斜めに構えて斬り裂いた。
刃の軌跡が光となり、影を切り裂く。
雪嶺はその隙に突撃し、槍を地面すれすれに突き出す。
槍先が黒蓮冥妃の膝を掠め、影を砕いた。
「……ほぅ」
冥妃の目に、初めて愉悦なき光が宿る。
慎重と警戒――苛立ちが混ざり合った眼差しだった。
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「雪嶺大将、ここで止める!」
「応よ! 若き将軍、乱すな!」
二人の声が響き、剣と槍が闇を切り裂く。
息はぴたりと揃い、もはや戦友のように並び立っていた。
その連携に、黒蓮冥妃の心中に重苦しい感覚が広がっていく。
彼女は笑うことをやめ、ただ静かに歯を噛みしめた。
――これは、容易ではない。
だが、退くつもりは毛頭なかった。
むしろ闇はさらに濃くなり、周囲を呑み込むように渦巻いていく。
光と闇が激突し、大地が震え、空気が裂ける。
戦いはなお続き、次の瞬間にはさらに激しさを増していった――。




