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三華繚乱  作者: 南優華
第十一章
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第十一章漆 実務調整

会談の場を包んでいた緊張が解けたのは、雪嶺大将と天鳳将軍が互いに不敵な笑みを交わし、「黒龍宗の影」を認め合った瞬間だった。

両国の兵が息を潜めて見守る中で、血を流さずに席を終えられたという事実が、なによりの成果であった。



天幕の中で交わされた合意は大まかなものでしかない。だが、実務に落とし込まねば机上の空論に過ぎぬ。雪嶺は凍昊に目配せし、天鳳は麗月に指示を与える。


「では、具体の段取りを詰めよう。凍昊、そなたが主となれ」

「承知しました」


凍昊中将は机の上に地図を広げ、白陵軍の陣容と駐屯地の配置を示す。

麗月将軍は鋭い視線でそれを見つめ、必要な確認点を冷静に突いていく。背後で控える雪嶺と天鳳は時折短く頷き、若い二人に任せていた。


「双方とも、当面は現陣地を維持。ただし、境界線からは一里以上は近づかぬ」

「撤収の順序は段階的に。まずは前衛を縮小し、主力は半月後を目途に後退」

「監視と斥候は相互に越境せぬことを厳守。違反があれば即刻協議」


条件を一つ一つ積み重ねるたび、凍昊の筆が走り、麗月の言葉が添えられた。

天幕の外では、親衛兵たちが沈黙のまま控え、剣に添えた手を緩めぬ。だが、内側では鋼のようなやり取りが着実に進んでいた。




やがて羊皮紙には簡潔な合意文が整えられた。

「双方、黒龍宗の撹乱を認め、直接の敵対行為を禁ず」

「当面の軍事衝突を回避すること」

「撤収は三段階に分け、双方が監視し合う形で進めること」


雪嶺はそれを読み上げ、豪快に笑った。

「これでよい。戦を避け、黒龍宗の奸計を砕くには十分だ」


天鳳も深く頷き、筆を取り名を記す。雪嶺もまた、堂々と署名を刻む。

こうして二国の将は、血ではなく文字で約束を結んだのだった。




天幕を出ると、兵たちの間にわずかな安堵が広がった。

だが、その安堵の裏に、複雑な胸中が交錯していた。


麗月は心の奥で小さく息をついた。

――これで白玲や碧蘭を無駄死にさせずに済む。だが、黒龍宗の影はなお濃い。私自身の罪は、まだ拭えてはいない。


凍昊は無言で天を仰いだ。

――黒龍宗に通じていた己の過去を知る者も多い。だが、今は白陵の武将として、この道を進むしかない。雪嶺の信任を裏切ることはできぬ。


そして天鳳と雪嶺は、互いに視線を交わし、不敵な笑みをもう一度交わす。

「黒龍宗を討つ、そのための一歩だ」

二人の胸にあったのは、奇妙な信頼と同じ敵を睨む眼差しだった。




数日後、合意文は両軍を通じてそれぞれの帝へと届けられた。


白陵国側。

凍昊が氷陵帝の前にひざまずき、合意の内容を報告する。帝は静かに聞き、やがて深く頷いた。

「よくやった。……これ以上は大軍を前に留める理由もない。雪嶺を残し、余は白陵京へ帰る」


白華と興華もその場にあり、互いに顔を見合わせる。

――戦は避けられた。だが黒龍宗は確かに動いている。

二人の胸に湧いたのは安堵だけではなく、次なる嵐への予感であった。


蒼龍国側。

麗月と碧蘭が署名入りの合意文を泰延帝に差し出す。帝はしばらく黙し、やがて低く笑った。

「……血を流さずに済んだか。天鳳に感謝せねばなるまい。だが黒龍宗が関わっているとなれば、これは一時の平穏に過ぎぬ」


帝の視線が玉座の間を貫いたとき、廷臣たちの背筋が凍り付いた。




氷陵帝は凍昊の進言に従い、白陵京への帰路についた。随行には白華と興華。

軍勢の間を進む行列に、兵たちの歓声が響く。帝の威光と、二人の若き王族の姿は、白陵軍に確かな誇りを与えていた。


白華は静かに弟を見やり、心中で呟いた。

――この道は必ず曹華へと繋がる。いずれ三人で再び会う日まで、私は歩みを止めない。


興華は馬上で拳を握り、視線を南へと向けた。

――牙們……必ず報いを受けさせる。だが今は、黒龍宗が先だ。


こうして、両国の撤収へ向けた調整は整い、表面上の戦火は回避された。

だが、誰もが心の奥で知っていた。

これは一時の静寂にすぎず、黒龍宗の影が次なる嵐を呼ぶのは、時間の問題だと。

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