第十一章肆 両軍の思惑
天脊山脈を挟み、白陵国と蒼龍国が対峙してすでに三月。
互いに数万の兵を布陣させながらも沈黙を崩さず、だがその沈黙は黒龍宗の暗躍によって幾度もかき乱されていた。
夜襲、幻術、毒。被害は小規模ながら双方に広がり、両国とも「黒龍宗が戦を誘導している」との認識を深めつつあった。
白陵国陣営では幕僚たちが氷陵帝に首都帰還を上申したが、帝は首を振った。
「……退くは容易。だが、それは白陵の意志を曇らせる。むしろ今こそ示さねばならぬ。まずは会談だ。雪嶺と蒼龍国の天鳳とを会わせよ」
この決断を受け、凍昊中将が使者として蒼龍国陣営へと遣わされた。
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麗月将軍と牙們将軍は、天脊山脈の麓で白陵の使者の凍昊中将を迎えた。
凍昊中将の申し出は「雪嶺大将と天鳳筆頭将軍による会談」だった。
一瞬ためらう二人だったが、黒龍宗の影を思えば拒否する理由はなかった。麗月が頷き、牙們が渋々同意する。伝令が急ぎ首都へ送られた。
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泰延帝の玉座の間に、麗月と牙們の報告が届く。
当初は斥候を増やし白陵国を揺さぶるつもりだった帝も、黒龍宗の介入が明らかになった以上、状況を長引かせるのは危ういと判断した。
「……天鳳を北へ。雪嶺と会わせよ。会談で互いの立場を正せ」
その勅命を受け、天鳳は深々と頭を垂れた。
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出立の準備が整う天鳳将軍府。
筆頭将軍の随行には雷毅が選ばれ、曹華は副隊長として首都に残り留守を預かることになった。
――見送る側に回るのは、胸に複雑な痛みを残した。
「白華姉さん、興華……」
泰延帝の言葉に出た“正体不明の二人”が、彼女の姉弟ではないかと確信している。
だがもし本当に会談の場で白陵国の側にいたなら、自分は蒼龍の副隊長として、敵対する立場に立つのだ。
雷毅は「任せておけ」と言って天鳳の馬車に続き、曹華は黙って頷くだけだった。
紫叡が落ち着かぬように蹄を鳴らす音が、彼女の胸のざわめきと重なっていた。
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凍昊中将が使者から戻り、数日後、蒼龍国からの正式な返答が届いた。
――天鳳将軍が北へ赴く。到着次第、中間地点にて会談を行いたい、と。
氷陵帝は静かに頷き、雪嶺大将へ命じた。
「受けよ。黒龍宗の思惑を打ち砕くため、まずは余らが冷静を示さねばならぬ」
その場に列していた白華と興華。
「天鳳……」
二人にとっては直接の因縁の将。だが会談の必要性は理解している。
白華は瞳を細め、胸の奥に複雑な感情を押し込めた。
「……曹華も、どこかでこれを見ているのだろうか」
興華は拳を握り、ただ前を見据えた。
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こうして、天鳳将軍は泰延帝の名代として雷毅を伴い北へ。白陵国の雪嶺大将は氷陵帝の名代として準備を整えた。
両軍はそれぞれ中間地点に天幕を設け、緊張に満ちた空気の中、歴史的な会談の幕が上がろうとしていた――。




