第十章 曹華伝六十 首都の日々(二)
人払いがなされた蒼龍国の蒼龍府の玉座の間。
泰延帝と天鳳将軍は、北に赴いた麗月将軍と牙們将軍から届いた報告書に目を通していた。
白陵国の軍事演習部隊――その駐屯地に、氷陵帝が直々に行幸したこと。
部隊視察と士気高揚のために観閲式を実施したこと。
しかしながら、軍の越境は確認されず、白陵軍は山脈の向こうに留まり続けていること。
帝の手にある文は短い報告でありながら、そこに込められた意味は重かった。
泰延帝の眉間には深い皺が刻まれ、指先は机を軽く叩いていた。
「……白陵国め、動きが読めん」
苛立ちを隠さぬ声音。
天鳳将軍は落ち着いたまま口を開いた。
「陛下、彼らは黒龍宗に通じてはいないはず。しかしながら……蒼龍国の反応を見極めようとしているやもしれません。我らが黒龍宗の影響下にあるのか否か、その出方を試しているのです」
帝は目を細めた。
「試す……か」
「はい。彼らは兵を南に進めることで、陛下の采配と蒼龍国の動向を探っております。もしこちらが軽率に応じれば、黒龍宗の存在を見抜かれましょう。逆に沈黙すれば、弱腰と見られる……まさに難しい一手でございます」
泰延帝は長く息を吐いた。
「余を弄ぶつもりか……」
だが天鳳将軍は、静かに一歩進み出て言葉を続けた。
「むしろ、ここからが陛下の御手腕の見せ所にございます。黒龍宗の影を払うには、蒼龍国そのものの意思を示すことが肝要。白陵にとって計算外の采配をもって、彼らの目を欺くべきでしょう」
帝は玉座の肘掛けを握り、瞳を鋭くした。
「……よし。ならばこちらも再度、動くとしよう」
その声には決断の響きが宿っていた。
白陵国と黒龍宗、二つの影を前に、泰延帝は一歩も退かぬ意思を示したのであった。




