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三華繚乱  作者: 南優華
第十章
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第十章 曹華伝五十六 北の情勢

影雷将軍と土虎将軍が泰延帝の命により北へと急行してから、すでに一月が経過した。

白陵国軍は天脊山脈の麓に陣を張り、その威容を誇示しながらも、いっこうに国境を越える気配を見せなかった。

蒼龍国の城下や宮中には緊張が広がり、誰もが「白陵国はいずれ雪崩れ込んでくるのでは」と胸を詰まらせていたが、事態は静かな膠着を保っていた。



泰延帝は疑念を抑えつつ、事態を見極めるため国境へ使者を遣わした。

「白陵国の駐屯の目的は何か」

問いを託された使者は白陵軍の陣営へと赴き、雪嶺大将の天幕へ案内された。


雪嶺大将は豪快な笑い声を上げ、白酒を勧めるほどの態度で答えたという。

「今回は大規模な軍事演習である。蒼龍国に侵攻する意図など毛頭ない! 安心めされよ!」


その声音に虚飾は感じられなかったが、だからといって完全に信じられるものでもない。

蒼龍国としてはそれ以上問い質すこともできず、使者は深く頭を下げて陣営を辞した。



この報告を受けた泰延帝は、重臣や将軍たちを集めて議を開いた。

白陵国の軍が本当に演習目的だけであるのか、それとも背後に黒龍宗の策が潜んでいるのか——その見極めは困難を極めた。


白亜の玉座の間には、帝を中心に重臣たちが列席していた。

その場にいたのは、天鳳将軍、麗月将軍、牙們将軍の三将。


泰延帝はしばし沈黙したのち、低い声を漏らした。


「……白陵国の動きが読めぬ。雪嶺大将の性格を考えれば、ただの演習ということもあり得よう。だが――何を考えているのか……」


鋭い眼差しが宙を彷徨い、重苦しい気配が広間を覆った。



---



天鳳将軍が進み出て、静かな声で言った。

「陛下。白陵国は黒龍宗との繋がりは薄いはず。ですが……蒼龍国の外征計画が縮小されたことと時を同じくして白陵が動いたのは、確かに腑に落ちませぬ」


麗月将軍もまた、慎重に口を開いた。

「……陛下、黒龍宗の影が全く無いと断じることは早計にございましょう。表立って動かぬのが奴らの常……白陵国の背後に黒龍宗が絡む可能性は否定できません」


牙們将軍は腕を組み、眉間に深い皺を刻んだ。

「……もし本当にただの演習であれば良いのですが……。しかし我らの北境にこれほどの軍勢を展開するなど、軽視すべきではありませんな」



---


泰延帝は重々しく頷き、言葉を結んだ。

「……白陵国が何を企図しているのか、まだ読めぬ。黒龍宗の影響も……見極めねばならん」


玉座の間は、冷ややかな緊張に包まれたまま沈黙した。



一月が過ぎ、白陵国軍は依然として天脊山脈の麓に留まっていた。

その対岸に陣を構えるのは、蒼龍国の二将――影雷と土虎である。


土虎将軍は、堅牢な布陣を敷いた。

防壁のように組まれた盾兵、後方に控える槍兵と弓兵。

「守りに徹すれば、白陵とて容易には突破できまい」

その言葉通り、陣容は隙なく、兵たちも無理なく持ち場を保っていた。

長く続く国境のにらみ合いにおいて、彼の落ち着きは兵に安堵を与えていた。


一方の影雷将軍は、静かに動いていた。

彼は斥候を天脊山脈に送り、自らも数度にわたり山中を偵察した。

もちろん、白陵国の陣営には踏み込まず、ただ遠目に観察するだけ。

そこに広がる光景は、帝峰大陸最大の国にふさわしい整然とした陣営だった。

天幕は規律正しく並び、炊煙は途切れず、兵士たちの動きに無駄がない。


しかし――肝心の「侵攻の兆し」は見えなかった。

攻める構えもなければ、進軍準備の形跡もない。

だからこそ、影雷と土虎は頭を悩ませた。


「……あの雪嶺め。何を考えている」

影雷は山風を受けながら呟いた。


「ただの演習ならば、良いのだがな」

土虎は静かに答える。

だが、その瞳の奥には、不審の光が消えなかった。



---



この報せが首都に届き、泰延帝のもとにも影雷と土虎の見立てが伝えられた。

「侵攻の兆しは無し。陣容は整然。――しかし目的は不明」


泰延帝は玉座に座し、深く考え込んだ。

「……読めぬ。白陵国は何を狙う」


天鳳将軍も、麗月将軍も、牙們将軍も、それぞれ意見を述べた。

だが結論は出ない。

侵攻の気配がないことが、かえって不気味だった。


白陵国の雪嶺大将が、ただの軍事演習と笑ってみせたこと。

その裏に黒龍宗の影があるのか否か。

泰延帝の胸中に渦巻く疑念は晴れなかった。

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