第十章 白華・興華伝五十四 夏の軍議
白陵京の夏は、雪国ながら日差しが強く、白亜の宮殿の大理石は熱を帯びていた。
氷陵帝は、清峰宰相、霜岳大司徒、雪嶺大将、そして補佐役として白華を謁見の間に呼び集めた。
氷陵帝は静かに切り出す。
「蒼龍国の動きが奇妙である。周辺四カ国に対する外征計画を掲げながら、突如として金城国ひとつに矛先を絞った。余の目には不可解に映る。……黒龍宗の影が背後にあると見てよいだろう」
清峰宰相が眉をひそめる。
「確かに、蒼龍国の動きは読みにくいものでございます。大風呂敷を広げておきながら、一転して縮小とは……。単なる軍備不足なのか、あるいは黒龍宗の意向なのか」
霜岳大司徒も頷く。
「金城国を選んだのも妙です。地の利は薄く、得られる利も多くはない。黒龍宗が裏で糸を引いていると考えるのが自然でしょう」
氷陵帝はしばし黙考した。
その表情は厳しく、しかし冷静さを崩さない。
「……問題は、黒龍宗の“本当の狙い”だ。余とて読めぬ。蒼龍国の動きは、黒龍宗の影響を受けつつも、一枚岩ではないのかもしれぬ。だが、こちらが何もしなければ、いずれ矛先が白陵に向くやもしれん」
雪嶺大将が前に進み出る。
「陛下。ならば、まずは兵を動かしましょう。国境を越えずとも、天脊山脈の麓に軍を展開すれば、蒼龍国への牽制となります。あくまで演習と称し、全面衝突は避けるのです」
清峰宰相も賛同した。
「蒼龍国を揺さぶると同時に、黒龍宗がどう反応するかを探るのが得策かと存じます」
氷陵帝は白華に視線を向ける。
「白華。そなたは外の目を持つ。どう見るか」
白華は緊張しつつも、真っ直ぐに答えた。
「……蒼龍国の外征縮小は、確かに不可解です。ですが、逆にいえば蒼龍国は今、揺らいでいるとも見えます。黒龍宗の力に頼ることで、判断が鈍っているのかもしれません。ゆえに、こちらが動けば必ず反応を示すはずです」
氷陵帝は深く頷き、宣言した。
「よかろう。白陵国は南進し、天脊山脈の麓に軍を展開する。国境は越えぬ。全面戦は避けつつ、蒼龍国を揺さぶり、黒龍宗の出方を探るのだ」
軍議の間に、夏の暑さとは別の緊張が走った。
こうして白陵国の軍は、静かに南へと動き出すこととなる。




