第九章 曹華伝五十五 休暇(二)
その夜、私は自宅へ戻った。
軽やかな衣を掛け、窓を開けると、昼間に見た城下町の光景が鮮やかに蘇る。
老いた夫婦が寄り添い、露店の菓子を選んでいた。
子どもたちが駆け回り、母親が笑いながら後を追っていた。
若者が肩を組んで酒場へ向かい、職人たちは店を閉じながら「明日も頼む」と声を掛け合っていた。
兵の目から見れば何でもない光景。だが私には違って映った。
(……この笑顔を守るために、私は槍を取っているのだ)
そう心に刻むと、不思議な安らぎが胸に広がった。
机に置いた包みを開き、市場で買った甘い菓子を口にする。
砂糖の優しい甘みが広がり、戦場の荒れ果てた味気なさを忘れさせてくれる。
もうひとつの戦利品――古書店で手に入れた本を開いた。紙の匂い、静かな蝋燭の光、言葉が心に沁み込んでいく。
久しく味わっていなかった、穏やかな時間だった。
「……いまは、これでいい」
鍛錬や戦のことから距離を置き、ただ「曹華」という一人の娘として過ごす。
焦らず、心を鎮め、再び戦場へ向かう日のために十分に休む。
それこそが、天鳳将軍の言った「焦るな」という言葉の意味なのかと、今は少しだけ理解できる気がした。
蝋燭の揺れる光の中で本を閉じ、横になる。
窓の外からは、遠く城下町の賑やかな笑い声がかすかに届く。
人々の営みを守るために生きるのだと誓いながら、私は静かな眠りに身を委ねた。




