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三華繚乱  作者: 南優華
第九章
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第九章 曹華伝五十四 休暇(一)

泰延帝との謁見を終えた翌日、外征部隊には三日の休暇が与えられた。

戦場の緊張と血の匂いを背負った兵たちにとって、それは何よりの褒美だった。湯屋へ向かう者、仲間と酒を酌み交わす者、それぞれが安堵の笑みを浮かべている。


私もまた、与えられた休暇の意味を思った。

離れ離れになった姉と弟と再会するため、天鳳将軍の下で武を磨き、知略を磨き、初陣を経て血と炎を浴びた。だが、まだ何かが足りない。天鳳将軍の言葉が心に響いていた。


「焦るな、曹華。焦りは視野を狭くする」


(……いまの私に必要なのは、鍛錬から離れることかもしれない)


そう考えた私は、ならば今日は、武と知の鍛錬を離れ、ただ「曹華」という一人の娘として息をしてみよう。

副隊長としての鎧も剣も置き去りにし、一人の娘として街に出ることにした。



私は髪をほどき、鎧ではなく、淡い青の衣に袖を通した。剣は腰に帯びたが、あくまで護身のためだ。

城門を抜ければ、石畳の通りには露店が並び、秋祭りを控えた市場の熱気が渦を巻いていた。


焼き栗の香り、絹商人の呼び声、子どもたちの笑い声。

戦場では聞けない音に囲まれ、私はどこか夢の中を歩いているような心地になった。


「お嬢さん、似合うよ!」

唐草模様の簪を差し出す小さな店の老婆に声をかけられた。

私は苦笑して首を振ったが、老婆のしわくちゃの笑顔が胸に温かく残った。


石畳の大路に踏み出すと、首都の市場は秋めいた空気と共に活気に満ちていた。

果物を山と積んだ籠からは甘い香りが漂い、鮮やかな布地を広げる商人の声が飛び交う。笛や太鼓の音色に子どもたちの笑い声が混じり、戦場の喧噪とは違う「生の賑わい」がそこにあった。


私は露店の一つに立ち寄り、値切り交渉をする町娘を微笑ましく眺めた。

恋人らしい若者が手を取り合いながら歩く姿も目に入り、胸の奥に小さな波紋が広がる。


(……これが、平和の景色……)


戦の只中では決して見られぬ世界が、ここには広がっていた。


散歩の途中、広場では旅芸人が舞を披露していた。子どもたちが歓声を上げ、大人たちも足を止めて拍手を送る。

その輪に混ざりながら、私はふと心が軽くなるのを感じた。


戦いのためだけでなく、こうした人々の笑顔を守るためにこそ、私は槍を振るうのだ。

その当たり前のことを、私は戦場で忘れかけていた。


通りを抜けると、小高い丘から城下を一望できる場所に出た。

赤や金に染まり始めた木々が、白亜の城壁と対照的に鮮やかで、まるで絵巻のようだった。


「……白華姉さん、興華…」

思わず名を呟いた。

あの白陵国の報せが本当なら、二人もまたどこかで同じように空を見ているのだろうか。


胸に込み上げる熱を押さえながら、私は拳を握った。



帰り道、ふと雷毅の顔が脳裏をよぎった。

彼の真っ直ぐな眼差し、言葉にできない温度。

……もし、私が「ただの娘」として今日を過ごしたことを知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。


「正体不明の二人の若者」――泰延帝の言葉が心を刺す。

白華姉さんと興華かもしれない。そうであれば、私は……。


街の賑わいの中で、胸の奥は嵐のように揺れていた。


屋台で売られていた焼き菓子を一つ買い、口に含む。

蜂蜜の甘さが舌に広がり、胸の奥に温かなものが溶けていく。


「今だけは……」

私は小さく呟いた。


「副隊長ではなく、曹華として、この街の空気を吸いたい」


秋の空は澄みわたり、白い雲がゆっくりと流れていく。

ほんのひとときの休暇。

それでも、この時間があるからこそ、私は再び剣を握り、戦場に立てるのだと思えた。

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