第九章 曹華伝五十 曹華の内心
麗月将軍の黒き告白を耳にした私は、静かにその場を離れた。
盗み聞きするつもりではなかった。だが、扉の向こうから漏れ聞こえてしまった以上、心に刻まれてしまった。
(……麗月将軍は、黒龍宗の影響下にあった……)
衝撃と同時に、胸の奥に妙な痛みが走る。
彼女ほどの人ですら操られる。黒龍宗の魔手は、それほどまでに深く、強く、恐ろしい。
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歩きながら、私は自然と二人の姿を思い浮かべていた。
白華姉さん。いつも私を導いてくれた、強く優しい姉。
興華。無邪気に笑い、時に私をからかいながらも、心から大切な弟。
(……もし、あの二人が黒龍宗に囚われ、人質にされたら……私はどうする?)
胸が苦しくなる。
戦場で剣を振るうときよりも、遥かに息が詰まる問い。
麗月将軍が語った「黒龍宗の支配」の恐ろしさ。
もし自分も同じように心を縛られたなら、私は……。
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(……私は、黒龍宗に屈してしまうのだろうか?
それとも、姉さんと弟を守るために、剣を取るのだろうか?)
答えは出ない。
ただ胸の奥に広がるのは、自分の弱さへの苛立ちと、愛する者を失うことへの恐怖だった。
秋の風が頬を撫で、冷たさが肌に沁みる。
だがその冷気すら、揺らぐ心を鎮めることはできなかった。
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(……私は、どうすればいい?
どうすれば……あの二人を守れる?)
首都の灯りが近づく中、私はその問いを胸に抱えたまま歩き続けた。
麗月将軍の告白を胸にしまった翌日。
天鳳将軍と麗月将軍は、泰延帝への謁見のため宮殿へと赴いた。
その中で、私は趙将隊長とともに天鳳将軍の側に控えた。
一方で、碧蘭隊長と白玲副隊長は麗月将軍の付き人として列を成していた。
ふと目が合った白玲に、私は小さな安心を覚えた。
(……白玲。あの砦の地獄絵図を共に乗り越えた、私の戦友。友人としても支え合っていけないだろうか)
彼女が何を思っているかは分からない。だが、ただそこにいてくれるだけで、胸に広がる緊張が少し和らいだ。
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やがて、壮麗な玉座の間に到着する。
白亜の大理石に朝の光が反射し、荘厳な輝きが広がっていた。
私たちは定められた位置に並び、深く頭を垂れた。
程なくして、奥の扉が開く。
泰延帝がゆるりと現れ、その足取りは重厚で、ただ歩くだけで玉座の間の空気を支配した。
「――」
その瞬間、私たちは一斉に膝をつき、声を揃えて頭を垂れる。
天鳳将軍も麗月将軍も、背筋を正し、帝の前で沈黙を守った。
私もまた、その場の重圧に押し潰されそうになりながら、ひたすら頭を下げていた。




