第八章 白華・興華伝四十七 示した価値
広間を支配していた静寂は、剣戟の余韻と興華の気功の残響でなお震えていた。
凍昊の剣が床に落ちてからしばし、誰も言葉を発せず、ただ目の前の光景を凝視していた。
興華は胸を大きく上下させながらも、剣を握りしめ、凛として立っていた。
対する凍昊は深い吐息をつき、笑みを浮かべ、老将らしくその敗北を受け入れていた。
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「……見事」
玉座から低い声が響いた瞬間、氷陵帝は立ち上がった。
厳然たる帝の姿からは想像できぬほど、両の手を打ち鳴らす音が広間を満たす。
「興華――お前は価値を示した。よくやった」
「そして凍昊。良い闘い振りであった……まるで若かりし頃のお前を見ているようであったぞ」
その声音には冷徹さだけでなく、懐かしむような響きがあった。
「余と雪嶺とお前で戦場を駆け巡ったあの頃を思い出した……」
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帝の拍手に応じ、大広間の廷臣たちも次々に手を打ち鳴らした。
氷の宮殿に響く音は、氷を砕くような荘厳な響きとなり、白華と興華の胸を震わせた。
廷臣たちは互いに視線を交わし、驚愕と戸惑いを隠せなかった。
「……陛下が、笑みを……」
誰もが心中で同じ言葉を呟いた。
清峰宰相は眉をひそめ、霜岳大司徒は深く息を吐いた。
普段は冷徹に徹する陛下が、若き者の試合に愉悦を示すなど誰も見たことがない。
「……陛下をここまで動かすとは……」と清峰は小さく唸り、霜岳も頷く。
彼らの視線の先に立つ白華と興華は、ただの若者ではなく――いずれ宮廷に大きな波を起こす存在だと悟らせるに十分だった。
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天華皇女は、父帝の笑みに驚きつつ、その理由が兄妹にあると悟り、胸に小さなざわめきを抱いた。
(……もし柏林の血を引くのなら、私と同じ立場……。この人がここに立つことを、父は喜んでいるの?)
雪蓮皇女は、興華の闘いに胸を打たれ、白い指先を震わせながら拍手を送った。
(……あの力を、私より若い少年が……。どうしてか誇らしく思える)
華稜皇子は、同世代の少年の力に心を燃やしつつ、視線は白華に移った。
(……美しい……。戦場を生き抜いた人の目だ)
彼の胸に芽生えた感情は、まだ言葉にならぬ憧れと戸惑いを含んでいた。
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興華は荒い息を整え、凍昊の前に歩み寄った。
「……見事だったぞ、興華」
「凍昊中将こそ……ありがとうございました」
二人は剣士としての礼を尽くし、互いに手を取り合い、力強く握り合った。
その姿は、勝敗を超えた武人同士の絆を象徴していた。
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雪嶺大将はその光景を見て、深く目を細める。
「……あの頃を思い出すな」
凍昊もまた頷き、遠い日の記憶を胸に刻んでいた。
氷陵帝、雪嶺、凍昊――三人で戦場を駆け抜けた若き日の昂りが、再び蘇る。
氷陵帝は拍手を続けながら、老将たちと視線を交わした。
その眼差しには愉悦と同時に、確かな期待が宿っていた。
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やがて広間の拍手が収まり、沈黙が戻る。
だが、その沈黙は冷たさではなく、未来を孕んだ重みを帯びていた。
氷陵帝の愉悦と、廷臣たちの驚愕、王族の三姉弟の胸に芽生えたざわめき。
そのすべてが、この瞬間をただの試合以上のものへと押し上げていた。
白華と興華――二人が示した価値は、氷陵帝の心を動かし、宮廷全体に確かな記憶として刻まれたのであった。




