第八章 白華・興華伝三十七 白陵宮
白陵京――。
雪に閉ざされた帝峰大陸北方の中心に、荘厳なる城郭都市が姿を現していた。
高くそびえる白亜の城壁は雪解けの水で淡く輝き、氷を思わせる尖塔は、天を突くかのように鋭く伸びている。冬の冷気は石畳を這い、吐息は瞬時に白く凍りつく。だが、その厳寒すら都を構成する威容の一部であり、都の中心にそびえ立つ「白陵宮」は、氷雪の支配者の象徴としてその全てを呑み込んでいた。
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白華と興華は、雪嶺大将の護送隊に連れられ、宮殿の奥まった一室に案内された。
「今日はもう遅い。氷陵帝も政務で忙しい。お前たちの謁見は…おそらく三日後になるだろう」
そう告げた雪嶺は、豪快に笑いながら付け加えた。
「忘れるなよ。お前たちはあくまで“不法入国者の護送”としてここに来たのだ。だが安心せい、この部屋は牢屋ではない。せめてゆっくり骨を休めよ」
白亜の壁に囲まれた部屋は簡素だが、質素の中に凛とした清潔さがあった。寝台二つと机、灯火と毛皮の敷物。だが、白華も興華も決して気を緩めることはできなかった。
「……三日、待たされるのか」
白華は小さく吐息を漏らした。その声音には焦りではなく、むしろ冷ややかな覚悟が滲んでいた。
興華は窓辺に立ち、遠くに見える尖塔を見上げる。
「僕たちの正体を……氷陵帝がどう扱うのか」
その声は震えていた。自分を奮い立たせるように、彼は拳を握る。
「俺は……姉さんを守れるだろうか」
白華は弟の横顔を見て、かすかに微笑んだ。
「興華。守るんじゃない。共に進むの。私たち二人で、ここを乗り越えるのよ」
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同じ頃、宮殿の大広間。
白く磨かれた大理石の床が光を反射し、氷河を削り出したような柱が整然と並んでいる。廷臣たちが列を成し、沈黙の中で玉座を仰いでいた。
第二十六代白帝・氷陵帝――。
白絹に銀糸の龍紋を纏い、冷徹な眼差しを宿したその姿は、まさに氷雪の精を思わせた。隣には聡明な気配を漂わせる皇太子・華稜、その姉である天華王女と雪蓮王女も並ぶ。三姉弟の姿は氷柱のごとく凛として、宮廷の権威を象徴していた。
雪嶺大将が玉座の前に進み出る。鎧の音を響かせて片膝をつき、朗々と声を放った。
「陛下。柏林国の血を引く二人の末裔を、儂が捕らえました。白華と興華と申します」
大広間がざわめいた。廷臣たちは互いに顔を見合わせ、その名を口にした。
「柏林の……末裔……!」
「未だ生き残りが……」
氷陵帝はしばし沈黙した。やがて、その冷ややかな声が大広間を満たした。
「……よく連れてきたな、雪嶺。余は知っている。だが、その血をただ温存しておくつもりでもない」
雪嶺は頭を垂れた。
「陛下。末裔の力が器たり得るかどうか、陛下自ら御覧になるべきかと」
氷陵帝は目を細め、皇太子へ視線を送った。華稜は静かに頷き、天華王女と雪蓮王女も興味深そうに視線を交わす。
帝はしばらく思案した後、重々しく言葉を紡いだ。
「三日後、余の御前に召せ。それまでは宮殿にて待たせよ」
その声は大理石の床を伝い、凍てつく風のように廷臣たちの背を走らせた。
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「処刑ではなく……謁見を?」
「氷陵帝は、あの二人をどうなさるおつもりか」
廷臣たちの囁きが広間に広がった。白華と興華の存在は、一夜にして宮廷の噂の中心に押し上げられた。
雪嶺はそのざわめきを背に、静かに退いた。
(氷陵帝よ……あなたは、この二人に何を見ようとしているのか)
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雪嶺が部屋に戻ると、白華と興華が立ち上がった。
「陛下は三日後にお前たちを召すと仰せだ」
雪嶺の声音は淡々としていたが、その目には僅かに興味の色が混じっていた。
白華は頷き、心中で呟く。
(逃げ場はない。だが、ここで試される――)
興華は強く拳を握り、姉の横顔を見据えた。
(俺は……この場で、すべてを懸ける!)
窓の外では、白陵京の夜空に雪が舞い始めていた。
三日後に迫る謁見を前に、二人の胸には言いようのない緊張と昂ぶりが渦巻いていた。




