第八章 白華・興華伝三十五 首都・白陵京へ
冬の冷気は鋭く、吐く息が白い煙となって空へと消えていく。
白陵京へ向かう護送隊は、雪を踏みしめながら、粛然と進んでいた。雪嶺大将を筆頭に、護衛兵が馬に跨り、その中央に白華と興華が並んで歩かされている。表向きは「不法入国者の護送」。だが、実際は雪嶺大将が二人を直々に見届け、見極めるための道行きであった。
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兵たちは無言だった。鎧の軋む音、馬の蹄の響き、風に舞う雪。
ただそれだけが道を埋めていた。彼らは白華と興華を「捕虜」として扱っているはずなのに、その背中には一様に緊張が宿っていた。雪嶺大将の命令で、二人に不当な仕打ちを加える兵は一人もいない。だが、無視するように、あるいは遠巻きに観察するように、視線だけは常に注がれていた。
興華は、周囲の視線に耐えながらも、歩を乱さず前を向いた。
(……僕らは、試されているんだ。雪嶺大将に。白陵に、この国に。姉さんが言ったとおり、ここで折れたら、全部が終わる)
隣の白華は、氷のように冷たい瞳を持ちながらも、時折、薄く笑みを浮かべていた。その姿は護送される囚人ではなく、むしろ自らの意志で歩んでいる旅人のようだった。
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やがて雪深い峠を抜け、白陵京の外郭が遠くに見えた。
城壁は白石で築かれ、雪に映えて輝いていた。高くそびえる塔には氷柱が垂れ、陽光を反射して無数の刃のような光を放つ。都の中心には、氷の宮殿――氷陵帝の居城が聳え、白陵国が誇る威光と冷厳さを象徴していた。
興華は思わず足を止め、目を見開いた。
「……すごい……」
息を呑むほどの光景に、自然と声が漏れる。だがその声は震えていた。
(あの宮殿に行けば、俺たちはどうなるんだろう……)
白華は横目で弟を見やり、柔らかく笑った。
「見惚れている暇はないわ、興華。――ここからが本当の試練よ」
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興華の胸には、緊張と恐怖とがせめぎ合っていた。
(僕らは本当に、この国で認められるのか? 姉さんは強い。仙術も使える。でも……俺は? 俺は、ただ守られているだけじゃないか?)
自分の拳を見つめ、唇を噛む。あの雪嶺大将の問いかけ――「お前は何ができる?」。その言葉が再び胸に蘇り、心臓を叩いた。
白華もまた、別の思いを抱えていた。
(氷陵帝……この国の主に、私と興華の存在をどう映すのか。父の名を告げたとき、雪嶺大将の目に一瞬浮かんだ動揺。あれをどう受け取ればいいのか。賭けは続いている。ここで失敗すれば、私たちの命は……)
だが、白華の表情には不安の影は映らなかった。心の奥で震えを覚えていても、外には絶対に出さない。それが白華の強さだった。
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そのとき、興華の脳裏に雪嶺大将の声が甦った。
『――見極めてやる』
あの取り調べの場で、白華が仙術を披露した瞬間。認識阻害の術に雪嶺はわずかに頷き、満足げな眼差しを向けていた。
彗天は苛立ちを隠さず、氷雨は子供のように興奮していた。だが雪嶺だけは冷静に、その力を測ろうとしていた。
そして、雪嶺は興華に問いかけた。
『お前は何ができる?』
興華は一瞬、言葉を失った。だが、唇を結び、答えた。
「僕は……戦えます。俺は――姉さんと共に戦う力があります!」
雪嶺はそれを聞くと、彗天に一騎打ちを命じた。
審判は雪嶺自身。氷雨は興奮気味に目を輝かせていた。
そして戦いが始まった瞬間、興華の中で何かが弾けた。気功と霊力が無意識に発動し、彗天を圧倒したのだ。
その光景に雪嶺も瞠目し、彗天と氷雨は何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていた。
――あの瞬間から、雪嶺大将は本気で僕らを「見極める」つもりになったのだ。
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護送隊はついに、白陵京の大門へと辿り着いた。
氷と白石で造られた巨大な門は、氷の彫像のように荘厳で、二人を迎え撃つかのように聳え立っていた。
興華は拳を握り、心の中で呟いた。
(俺は……必ず姉さんと生き抜く。どんな裁きを受けても、ここで折れない!)
白華は門を見据え、凛とした声で囁いた。
「――興華。ここからが、私たちの本当の戦いよ」
門が軋む音と共に、二人の新たな試練が始まろうとしていた。




