第八章 白華・興華伝三十四 雪嶺大将の見極め
夏。白陵国の軍が蒼龍国との国境に軍勢を集結させた頃――
時を少し遡り、冬。白華と興華は雪嶺大将の護送により、白陵国の首都・白陵京へと移送されていた。
雪を割る車輪の音が、静寂の山道に軋んだ響きを落とす。白陵京へ向かう一行は、外見こそ「罪人の護送」であったが、その実態は雪嶺大将の判断による「見極めの旅」であった。白華も興華も、それを感じ取っていた。
馬車の揺れの中、二人は黙して互いの手を握る。
「……大丈夫だよ、白華」
「わかってる。だけど――」
彼らの胸裏には、あの夜の取り調べが鮮明に蘇っていた。
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(※ここから回想)
雪嶺大将は、雪の帳が下りた国境詰め所の庭で二人を立たせた。背後には氷雨、そして苛立ちを隠そうともしない彗天が控えている。
「白華、興華。――お前たちが何者であるか、まだ掴み切れていない」
低く響く雪嶺の声は、冷気よりも鋭く張り詰めていた。
「だから、見極めてやる。力を、ここで示せ」
白華が一歩前に出る。
「…仙術が見たいんでしょう?」
挑発的ともいえる口ぶりに、彗天は眉をひそめる。
「無礼な……!」
氷雨は逆に目を輝かせ、「仙術だって? 本当に見せてくれるのか!」と期待を隠せない。
白華は深く息を吸い、掌を軽く掲げた。
次の瞬間、彼女の姿はふっと霞のように薄れ、視界から消える。白華は認識阻害を発動させた。先ほどより強い認識阻害の仙術である。
「なっ……!?」
彗天が慌てて周囲を見回すが、すぐ傍らにいるはずの白華が見えない。
氷雨が息を呑み、「これが……認識阻害……!」と驚嘆の声を上げる。
雪嶺は黙してその様子を見つめ、しばらくして頷いた。
「……なるほど。確かに、ただの幻惑ではない。相手の意識そのものを鈍らせ、存在を『見えなく』する術か」
その表情は、どこか満足げだった。
白華が再び姿を現すと、唇に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「これで満足?」
「ふてぶてしい女だ……!」彗天は奥歯を噛み締める。
だが雪嶺はただ一言、「悪くない」と告げた。
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「次はお前だ、興華」
雪嶺の視線が興華に向けられる。
興華は肩を強張らせながらも、真っ直ぐに見返した。
「……俺は、戦える」
「…ならば、試すがいい!」
彗天が声を張り上げ、剣を抜いた。
「この小僧、俺が叩き伏せてやる!」
氷雨が慌てて止めようとしたが、雪嶺は静かに手を挙げた。
「よい。――審判は私が務める。存分にやってみせろ」
興華も剣を抜く。冷たい月光を反射し、火花が散った。
最初は互角。だが次第に、興華の動きに変化が現れる。
呼吸が深まり、全身を巡る気の流れが熱を帯び、瞳がかすかに光を帯びた。
「なっ……!?」
彗天の剣は弾かれ、圧倒される。興華の一撃は鋭く、重く、理を超えた力が込められていた。
「これは……気功と霊力の融合……!」
雪嶺が思わず低く呟く。
彗天は押され続け、やがて剣を叩き落とされた。
氷雨は呆然とし、声を失う。
「い、今の……何が起こったんだ……?」
雪嶺の眼差しには驚愕が走ったが、同時に深い納得の色も宿っていた。
「……二人は確かに『異質』だ。柏林国の末裔――その血の証か」
(※回想終わり)
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馬車の中で、白華は窓の外の雪景色に視線を投げながら小さく吐き出した。
「雪嶺大将は、あのとききっと……私たちの価値を測ったんだ」
興華も頷く。
「そして、俺たちは試練を越えた。だから今、こうして首都に連れて行かれるんだ」
二人は互いに視線を交わした。
敵地のただ中にありながら、不思議と心は澄んでいた。
雪嶺大将の「見極め」を越えたことで、自分たちの存在が確かに刻まれたのだと――その実感が、二人の胸にあった。
遠く、白陵京の城壁が霞の中に影を落としていた。
白華と興華の運命は、いよいよ大きな渦に飲み込まれようとしていた。




