プロローグ 残照の女帝
戦火に散り散りになった三つの「華」。
故郷と家族を奪われた少女は、復讐を胸に「紫電」の異名で戦場を駆け巡る。
一人は影となり、一人は光となり、そして一人は道を切り拓く。
遠い日の誓いを胸に、天下統一を成し遂げた女帝が、人生の黄昏に語り始める物語。
これは、三姉弟が織りなす、愛と戦乱の歴史絵巻
紫苑国、紫苑城。その中庭で、一人の老婆が穏やかな陽光の下、優雅な喫茶のひとときを過ごしていた。彼女はかつて大陸を統一し、現在の紫苑国を建国した初代皇帝、紫極帝。若かりし頃は「紫電の曹華」との異名で天下に名を馳せた、その人である。
彼女の傍らにいるのは、今年で14歳になるひ孫の百合華。初代皇帝にあやかって「華」の字を賜った百合華は、祖母の膝に顔をうずめて、歴史の教科書では決して語られることのない昔話に耳を傾けていた。
「ねえ、曹華おばあさま。お話をきかせてください。おばあさまがまだ子どもだったころのお話を」
「そうね……。おばあちゃんが、百合華と同じくらいの歳だった頃のお話。それは、まだおばあちゃんが、ただの14歳の『妹』だった頃のお話よ」
曹華の視線は、遥か遠くの75年前の記憶をたどっている。そこには、賢く優しい姉の白華と、いつもニコニコと笑っていた弟の興華、そして平和な故郷の村があった。彼女がまだ、天下を統一する紫極帝でも、武力で名を上げた紫電の曹華でもなく、ただのひとりの少女だった、あの日の記憶へと。