ラッキー・デイ
ガイランがブランクへ向かう少し前。
「ありゃあヤベェってもんじゃねえ!!」
ブランクから帰還した疾風の男が蒼鋼亭で喚いている。
「なんの獣かもわかんねえただのでっけえ玉っころだと思ってたらよ! なんかわかんねぇけど危ねえっ!って身体捻ったらよ! なんか弾ける音したらまわりの木とか草とか岩とか切り刻まれてたんだよ!」
男は自分でも言っていることが整理出来ていないことを解りつつも、口に出さずには居られなかった。
「なんだよ玉の魔獣って。んなもんいるわけねえだろ」
「エーテル溜まりに飛び込んで幻覚でも見たんじゃねえのか?」
「かぁあ! お前らに言っても埒があかねえ! 役場行ってくらあ!」
そして男は町役場へ行き、事の次第を喚き散らした。ブランクへの出入りを管理している北門受付の担当者は勢いに押され辟易していると、階段の方から声がする。
「ほう。それはいいタイミングだ。今私がここにいる幸運に感謝しろ」
ネイジ達の監視の為、町役場に滞在しているギルバスだ。
「今から軍へ報告し、然るべき対応をしよう。安心することだ。はははは!」
マントを飜えし部屋へ戻るギルバス。
「なんだアイツ」
一方、ガイランは玉の魔獣と対峙していた。対峙と言っても玉の魔獣の攻撃が激しく、かなり距離のあるまま、なかなか近付けないでいる。
「くそ、攻撃の気配は分かるがこうも手数が多いと近づけねぇ」
攻撃は玉の魔獣を出処とした直線的なものであることは分かっている。ただ、その頻度が多く足を止められてしまう。
「喰らえ!」
ガイランは一瞬の間を逃さず銃を撃つ。ダメージは小さくても怯ませることが出来れば反撃の糸口になるはず。
カンッ
それは金属的な音をたて表面を滑るように流れてしまった。
「マジかよ」
玉の頑強さと表面の滑らかさに銃の弾が食い込む余地は無かったのだ。その後も連射するも弾は尽くが弾かれる。その間も攻撃は止まず周囲も大分に開けてきた。
今まで攻撃をしのぎ生存出来ているのもガイランの長年狩猟団として培った勘と研ぎ澄まされた感覚による超絶回避能力の賜物だ。狩猟団として長くいるには必須の能力とも、長くいると身に付くとも言える能力だ。しかし、体力も尽きかけ、近付くこともままならない今、一旦退却も頭を過る。
「ふん、シミヤに示しが付かねえよなあ!」
ガイランは得物の手斧を握りしめ玉の魔獣に突撃する。
「ふうん、そろそろかな……」
ネイジは何かが映し出される画面とにらめっこしながら呟くと、砦内の音声伝達魔具のボタンを押す。
「サリクト、ネムレス、ちょっとお使いを頼みたい」
数分後。
「何、お頭。一応狩りの装備で来たけど」
庭に呼び出された二人。
「よし、じゃこの箒で二人で飛んでみてくれ」
ネイジは先端に何か仕掛けが取り付けられた箒をネムレスに渡す。あと、箒の穂部分についている増槽も幾分か多い気がする。
「あ、いやぁ、ネムレスは……」
サリクトは前回のことを思い出す。
「なんだ? 箒に乗れるようしろって言ってたよな?」
「え、あ、まあ……」
「さあサリクト、後ろに」
自信満々のネムレスであるがしかし、訓練で飛んで以来、サリクトはネムレスには箒を触らせていなかったのだ。
「わかってるよ、ゆっくり、ゆっくっりい!」
箒はまたもや急上昇、八の字を数週した後、猛スピードで一直線に飛び立った。
「あああああ! もおおおお!」
「ごめええああん!」
サリクトは振り落とされそうになるもしがみつく。ネムレスは箒にきつく抱きついている。
「おお、よく飛ぶなあ」
そのころ、町役場のギルバス。
「むむ! 監視装置に反応あり! ネイジ一派の誰かがブランクへ侵入したな!」
ギルバスは直ぐ様部屋にある魔導通話器で連絡する。
「こちらムステラ駐在ギルバス! 空箒騎兵団へ連絡! 狩猟禁止中の狩猟団員がブランクへ無断侵入した模様! 至急応援されたし! 私は今から追って先にブランクへ入る! 以上!」
チンッと受話器を起き向きなおるギルバスは不適な笑みを浮かべている。
「ふふふ、これで奴らを捕らえれば私の株も急上昇だ……!」
一人でも楽しそうだ。
その頃ブランクでは、
「だああああ!」
ガイランが玉の魔獣の繰り出す攻撃も構わず突っ込んで行く。多少の被弾も覚悟の上だが、身体のあちこちから血を噴き出しながらの突進は気を緩めると意識が飛びそうだ。と思っている最中、視界が揺らぐ。
「くっ!」
しくじった。頭上にあの一撃が迫っている、それを避けるタイミングを逃している、結論、先にあるのは死である。
「シミヤあああ!」
「ああああああ! どいてえええああ!」
ガイランが死を覚悟したその時、突然思いも寄らない角度からの突撃を受け吹き飛ばさる。
「ぐはぉっ!」
その後に遅れて魔獣の攻撃が地面に溝を穿つ。
「あ、ああ、? 到着……?」
「寝るな、運転手」
何やら場違いな男女の話し声が聞こえる。
「う……う、あ」
「女の為に死ぬのも悪くは無いが、お前の髭面には似合わねえ。ってネイジからの伝言だよ」
朦朧とする意識の中、ガイランが見たのは大破した箒と、少女と
「へへ……なんてラッキーな日だぜ……」
ラッキーボーイだ。