ガイランの決意
「……シミヤよお、仇は取るぜ……」
ガイランは出立の準備を進めていた。前回狩猟時、魔獣に殺されたシミヤの仇討ちに出るつもりだ。
シミヤは箒隊の一人だった。恐らく魔法使いの素養はあったであろうに、軍へは行かず狩猟団に入った。それはシミヤが貧民街産まれであることが影響している。貧民街はムステラ、他の都市もそうだが、城壁外に纏わりつく様に存在する。貧民街は自警団の管轄外であり、何者からも守られない危険な場所であるがその分自由でもあった。その自由が不穏分子や犯罪の温床になるとされ度々自警団の見回りが実施され、言われなき罪で連行されたり、家を破壊されたりしていた。とは言え連行されてもすぐに帰って来るし、脅しや警告のようなものであり住民もそんなものだと慣れていた。しかし、軍の魔法使いは違っていた。暇を持て余した下っ端が点数稼ぎの為、帝国領の健全化の名の下に各地の貧民街に対し浄化と言う破壊活動を行っていたのだ。シミヤも幼少期に浄化を経験しており、軍の魔法使いには言葉に出来ない嫌悪感を抱いていた。
「軍に行きゃあ、チヤホヤされて贅沢出来たのになあ。貴族様だったのになあ」
魔法が一般的とは言え、より強力な《《魔法使い》》と呼ばれる存在は数が少ない。その希少さ故に軍は積極的に魔法使いを動員し、魔法爵と言う爵位が与えられる。
「俺らのとこに来たばっかになあ」
勿論、軍への入隊を拒否すればそれら特権は無く今まで通りの生活となる。シミヤはそれでも軍属にはならず狩猟団へと進んだ。シミヤには魔法使いとしての力と、空間把握能力に優れていた。その力を使って団員に適切な指示を出し、ガイラン狩猟団の生還率を高める大切な司令塔として活躍していた。
「……つってても帰ってこねえもんは帰ってこねえ。よしっ」
ガイランは一人が持てる最大量の装備を整え朝を待った。
北門が開かれるにはある程度の人数が集まる必要があるが、ガイラン程の手練れともなれば彼一人の為に門を開くこともある。ガイランが中門を抜けようかと言うとき、背後から声をかけられる。
「一人で行くのか?」
それはネイジだった。
「なんだよ。忘れ物を取りに行くんだ。一人で十分だよ」
「ふうん、てっきり死にに行くのかと思ったぜ。なんだよこの装備は」
と言いながらガイランの身体をベタベタと触る。
「や、ヤメロよ気持ち悪い!」
「ま、止めやしないがな。デカい獲物、期待してるぜ」
「ふん、言ってな」
そう言うとガイランは中門から出ていった。
ガイランがブランクへ入ってから一ヶ月が過ぎた。食料はブランク内で調達するので困ることは無い。水も飲水が湧き出る場所を何箇所か知っている。
ブランクでは普通の土地よりエーテル濃度が濃い。エーテルとは生命エネルギーであるのでブランクの動植物は活力が溢れ力強く生きている。そのため、過酷な土地であっても中々死ぬ事はなく、繁殖力も強いためどれだけ狩っても絶滅することはないと言われている。逆に狩りに来た人間を容易く殺しかねないほど、普通の動物でも強力かつ凶暴になっている。
「どこだ? アイツは……」
シミヤを殺した魔獣を探すものの、中々見つからない。それと言うのもガイランはその魔獣の姿を良く見ていないからだった。通常、魔獣とは野生の動物、クマやイノシシ、シカなどの変化体であり、近接でやり合うものだった。しかしシミヤは箒で飛行中に地上から狙われ落とされている。そんな魔獣は長い狩猟団生活のなかで今までに一度も出会ったことが無かった。もう一人の箒隊の話では何か大きな黒い球状の物体が蠢いているのを確認したという。
「ダンゴムシでも魔獣化したのかぁ」
ガイランは独り言をブツブツと口にしながら山道を抜け、開けた草原へと進む。
「はっ!」
咄嗟に横っ飛びし転がるガイラン。その刹那、ガイランが立っていた場所を通る一直線に窪みが穿たれるのとほぼ同時に破裂音が響く。
「へへ、会いたかったぜ……」