肉の味
「はいお待ち。赤身の一番味のあるとこだよ」
ムステラの老舗食堂、蒼鋼亭の女主人ナンナが料理を席まで持って来た。
「うわっは!」
溢れんばかりの笑顔になるサリクト。
「クマの魔獣、サリちゃんが仕留めたんだって? アリストラムちゃんがお肉持ってきた時に言ってたよ。報酬だって言ってたからいっぱい食べて! お代は要らないよ。他にも何か欲しかったら言ってね。じゃ、ごゆっくり」
「ありがとうおばちゃん!」
「サリーは美味しいものがあれば幸せなんだね」
ミーナが頬杖を付きながら観察するようにサリクトを見つめる。
「そうだよ。それしかないじゃん世の中さ。頂きまあす」
クマ肉のステーキだ。レアに仕上がった肉の断面は繊維がぷっくり膨らみ肉汁が滴っている。ナイフを当てるだけでスッと切れ、頬張れば赤味の力強い味わいと適度な脂の甘さが絶妙なバランスで口の中に広がる。さらりとした脂のお陰で後味もスッキリし胃にもたれる重さもない。
「あぁ。これだよぉ」
恍惚の表情を浮かべ肉を頬張るサリクト。口に運ぶ手がとまらない。
「くう……、報われた……」
絶品ステーキを頬張り苦悶にも似た表情で喜びを噛み締めるサリクト。
「……ふふ」
ミーナはそんなサリクトを愛おしそうに見つめ微笑んでいる。
明くる日。
ムステラの市街を守る中門の外に集合しているサリクト達。中門はブランクへ向かう為の専用門となっており、この先にある北門がブランクへの入り口である。危険地帯への入り口であると共に人間の最終防衛線である北門は、この上なく強固で重厚な作りをしている。そんな危険地帯へ出る狩猟団の目的はただ一つ。大型魔獣を狩り一山当てること、例え帰還できる保証が無いとしても。
「さぁ、今日も元気に狩りますよ!」
魔獣肉を鱈腹堪能したサリクトは全てに於いて漲っていた。
「ちょっと待った!」
「あん? 誰だ?」
小綺麗な服を来た身なりの良い男が立ち塞がる。
「いやぁ、町役場でブランクの狩猟申請に行ったらコイツに止められちゃって……」
副頭のスペンスはバツが悪そうに頭を掻く。
「私は帝国軍空箒騎兵団所属ギルバス・ベイルズだ。貴様らネイジ狩猟団は暫くブランクでの狩猟を禁止とする。これは帝国元老院からの通達である」
「はぁ……。元老って……」
ネイジは肩を落とし項垂れる。
「私は貴様らのお目付け役として派遣されたものである。勝手な行動は慎むように。これを付けろ」
とギルバスは腕輪を差し出す。
「これはお前達の行動を監視するものだ。常に装着しておけ。外した場合、即座に牢獄行きだ」
「はぁ? なんなの? 偉そうに。私達何も悪いことしてないでしょ」
サリクトは黙っていられない。
「ふん。狩猟団など真っ当な職に就けない半端者、犯罪に片足を突っ込んでいる者達の集まりだろうに。逮捕されないだけ有り難いと思え」
「んだとお!」
ついに拳を振り上げるサリクトをネムレスが宥める。
「まぁサリクト落ち着いて。ギルバス殿、理由をお聞かせ願えませんか? 一方的に押し付けられても納得出来かねます」
「簡単なことだ。お前達は狩りすぎたんだ、魔獣を」
「狩り過ぎ? 生かしていても百害あって一利なしの化け物ですよ?」
「なに、どんな生き物にも命は一つ。健気に生きる動物を半端者達の金の為に狩り尽くさせるのは理不尽だと思わんか?」
ギルバスはフンと鼻息を吹かす。
「アレを健気な動物と、言うのか……」
ネムレスは呆れて言葉を失った。
「ふざけるな!」
突然の怒号、そこには見送りに来たミーナが立っていた。
「何も知らないクセに! 魔獣なんて居なくなればいいんだ! 奴らのせいでこの町は……、お母さんとお父さんも……」
ミーナは目に涙を湛え、握る拳は震えている。
「ギルバスさんよ。まあ元老の言う事だから従うがな、もう少し勉強してから来るべきだったな。この町はお前を歓迎しない。今無事で居られるのはお前の父上の名が……」
ネイジの言葉を遮り素早く飛び出す影。
「おらぁ!」
「ひっ!」
サリクトの拳がギルバスの頬を打ち抜く寸前
「サリクト!」
ネイジが制止する。少し遅れてネムレスは慌ててサリクトの肩を押さえる。
「ふん……、コイツの行動は褒められたものじゃないが、しかし気持は皆同じだ……。監視でも何でも好きにすればいい。しかし次に舐めた口きいたら、分かってるよな?」
ネイジの目から滲みでる殺気は此処に居る全員の足を怯ませた。
「ふ、ふん。か、狩りに出ないならそれでい、良いんだ」
ギルバスは強がりを見せるも膝を震わせながらその場を立ち去った。