帝都にて
「やあ、サリクト君。遠いところありがとう。まぁ座って」
シルードがにこやかに出迎える。村から出て数時間と掛からず帝都に着いてしまった。普通なら丸一日は掛かる道程なのに、やはり軍用は違うと感心してしまう。そしてここは魔法省の次官室。
「え、あ、はい」
こういう場所は初めてでどうも落ち着かない。せめてこのソファのクッションがもう少し固ければ気持ちも落ち着こうものなのに。
「あの箒は気に入って貰えたかな? 使用者がいなくて困ってたんだが、君が貰ってくれて良かったよ」
「ええ、すごく楽しかったです」
箒はここに来るまでに預けてある為今はないが持つマネをしてみる。シルードが向かいに座り、ギルバスは横に立つ
「あ、先ずは自己紹介でもしようか。私はシルード。魔法省の次官、あと魔法軍の総指揮を任されている。ギルバスは私の部下だ」
「はあ」
サリクトには役職の意味など分かる筈もなく、耳に入る言葉が脳を擦り早速眠りへと誘おうとしている。
「悪いが君のことは調べさせて貰っているよ」
「はあ」
瞼が重くなってきた。
「サリクト・アリクトル、推定十五才の女の子。両親は無く、ムステラで狩猟団員として働いている。壊滅した村で一人残っていたところ、旅の……」
サリクトの意識が遠ざかり、舟を漕ぎだす。
「そして先日未知の魔獣を討伐する、と。サリクト君」
「は、はいっ」
突然の呼び掛けに身体が跳ねる。
「本当はおもてなししたかったんだが、事情が変わってしまってね」
「はあ」
「君は先日の少年の首無し死体が発見された事件を知っているかな?」
「はい。その少年を見つけたの私達ですから。でもまあニアブランクで殺しなんてよくあることですよね」
「それがね、よくあることじゃ無いんだ。今回の事件はグリゴリ教の犯行でね」
「はあ」
「まぁ末端の弱小教派なんだけど、とある情報筋によるとアジトは帝国領の森林地帯にある廃寺院だそうだ」
「あの、なんで私にそんなこと話すんです?」
「さっき言っただろ? お手伝いって」
「そんな、殺人犯捕まえるなんて軍か騎士団とかの仕事でしょ」
「ああ、それはそうだね。でも問題無い。君は軍に入るから」
「はあ? 無い無い、無いですよ。帰ります、じゃ」
サリクトはすぐさまソファから立ち上がりシルードに背を向ける。
「ふうん、……仕方ないな。残念だよ。君みたいな才能を失うなんて」
シルードの言葉が終わる間際、サリクトは背中から大剣で貫かれる。
「え……?」
ハッとして体を弄るも何ともない。錯覚だ。それはシルードから放たれた鋭く研ぎ澄まされた殺気。ブランクの魔獣の様なただ単純で漠然とした殺意では無く、純粋で淀みなく明確にサリクトに向けられた殺意。
「可愛い彼女も一緒の方が良いかな? 寂しくないように」
「……狩猟団向きの性格してますね」
サリクトは苦々しい顔をしてソファに戻る。それを見て微笑むシルード。
「ふふ、思い直してくれて良かったよ。お互い良い関係でいたいものだね。さて」
シルードは徐ろに立ち上がる。
「早速だが君には犯人のアジトの偵察に行って貰いたい。人手不足でね、まだ現場を確認してないんだ。一週間後の予定だ」
「……見つかったらどうするんですか」
サリクトは相手の思い通りにことが進んで不機嫌。またシルードの殺気に太刀打ちできない自分にも苛ついていた。ここにお頭がいてくれたら、と思う。そうなら無理やりにでも帰っていただろう。今までもお頭は軍からの勧誘を尽く拒否していたのだから。
「だから一週間後だ。その間に対人戦闘とか、ここでの暮らしとかに慣れて貰う」
「戦える用意も持ってきてないですよ」
出発前、スペンス達に押し付けられたのは着替えと日用雑貨くらいで武器防具の類は何も持ってきていない。
「戦う必要は無いと思うが……、箒があるだろ? 真の魔法使いは箒で戦うんだ」
「ほ、箒? それに魔法使いだなんてそんな! クチクラも未だに無いんです……よ」
箒とグリモアが揃ってこその魔法使い、とこの世界では考えられている。グリモアとはクチクラからつくられる本の形をした魔具。グリモアを作成出来るほど大きいクチクラを発現させた、ある意味選ばれた者が魔法使いなのだ。そして箒は乗り物であり武器になんて聞いたこともない。まあ野良猫退治に箒を振り回す婦人達はよく見かけるが。
「大丈夫大丈夫。それはなんとかなる。ただ、爵位は上げられないかもね。ああ、あと当日はもう一人付けるから安心して」
「い、いやそうじゃなくて……」
「と言う訳で頼んだよ、ギルバス」
「え?」
聞き捨てならない。
「え?」
当人も同じなようだ。
「聞いていませんが……」
「そうだな、言ってないから」
すかさずサリクトが口を出す。
「なんで?! コイツは無理です! というか、イライラし過ぎて殺しちゃうかも!」
「おい! 私がロウチャード伯ゼイガンが子、ギルバス・ベイルズと知っていてのことか? その物言い、お前こそ殺されても文句は言えんぞ!」
ギルバスは今にも飛び掛かりそうな勢いをなんとか自制し留まっている。
「知らない。知ってても殺す」
サリクトは涼しい顔をして受け流す。
「まあまあ、落ち着いて。サリクト君、ギルバスが難アリなのは重々承知しているが、彼のお父上はこの国の元老院の重鎮でね。殺されると色々と厄介なんだ」
「そうだぞ!」
鼻息荒くも自慢げにギルバスは胸を張る。
「……」
シルードはため息をつく。
「サリクト君は私の下に付けることにする。君とは対等な立場だと認識しなさい」
すかさずサリクト。
「となれば偉そうにされる筋合いは無いね」
「因みに言うと、ギルバスを殴っても罵っても不敬罪になることは無い」
付け加えるシルード。
「へへ、それは良いねえ」
「貴様!」
「では今日のところはここら辺で。君の当面の住まいは用意してあるから今日からそこで寝泊まりしてくれ」
「あ、あのムステラに帰れたり……」
言いかけるサリクトにシルードは微笑みを向ける。その裏から感じる圧力に押され言葉を飲み込む。
「わかりました……」
サリクトは溺れそうなソファからなんとか腰を上げると、少しふらつきながら扉へ向かう。そこにシルードが声を掛ける。
「そうだ。帝都は久しいのだろう? まだ昼だし見物でもすると良い。ついでに魔法屋に顔を出すことだ。案内役を付けよう」
それは行けと言うことだろう。
魔法省には入口が二つある。徒歩や公共乗り物で来る一般人や職員が使う正面入口と、貴族入口だ。貴族入口は正面入口よりも豪華に作られていてサリクトはその差に少なからず嫌悪感を抱いた。
サリクトは入口に預けていた箒を受け取り外へ出る。全ての庁舎は箒の持ち込みは不可だと言う。まあ屋内に乗り物を持ち込むのは非常識ではあるか。などと考え進んでいたサリクトの足は止まってしまった。
「あ……」
庁舎を出たそこは全くの未知の土地。目の前に見慣れぬ景色がとてつもなく広大に見える。ここの地理が全く解らない。今動いてしまえば戻ってこれなくなると身体が言っているように足が竦んでしまった。




