空を飛ぶ
「まあまあ集まったかな」
ブクブクと気泡が昇る大きな水槽の中に大量の茶色い物体が浮遊する。
「あの子の頭、必要? 出来れば欲しかったなあ。好みだったし」
「そうだねぇ。君がヘマしなければ、あげても良かったんだどねえ。暫くはもう増やせないからあげられなくなっちゃったね」
「私ならまだやれるよ? 貧民街で狩れば良いじゃん!」
少女の言葉が終わるか否か、男は少女の襟元を掴み上げる。
「バカが! 足が! 付くだろうが! ニアブランクで! すぐ見つかる所で! 捨てて来やがって!」
「ぐっ、かふっ! げっ!」
可憐な少女の腹を思い切り殴り続ける男。突然手を止め水槽を見る。
「でもまあ、とりあえずは、これだけあれば《《黒夜神》》も満足なさるでしょう。エーテルの器である、脳みそのプレゼント……、あっはははは!」
男は高笑いしながら何処かへ立ち去る。
「はっ、はっ……ふ、く。ロ、ロマニ司祭様……へへ、へ」
少女は腹を押さえながら、不気味に微笑む、恍惚の色を見せながら。
場所は変わって、ニアブランクの廃墟にあってなお威厳を放つ屋敷。そこはガイランのアジトである。
「なんだよ、見舞いなんて柄にもねえことすんなよ」
玉の魔獣との戦いから随分経つが、未だにベッドから出られないでいるガイラン。普通、狩猟団は城壁内の真っ当な医院にはかかれないため闇医者に頼るか我慢するしか無いが、ガイラン程の古参狩猟団ともなればお抱えの医者をアジトに住まわせている。
「ネイジからこれを渡すようにと」
ネムレスはガイランへ手紙を渡す。
「ふうん」
それを読みながらガイランはふと思い出したように言う。
「そう言えばよ、なんであの時俺の場所がわかったんだ?」
「ああ、あれは魔法軍の嫌味な奴から付けられた監視魔具を分解したものを使ったようです。取り出した発信機をあなたが出る前に付けといたらしいですよ。それで箒に付けた受信機がそれを追っかけて飛んでったって訳です」
「ああ、あの時やけにベタベタしてくんなと思ったんだよな。アイツがつくったのか? お前のとこの、ああ、名前なんだったか」
「ヴォズ・ヴィズですね。あの人は変わり者ですけど、そう言うことは天才的ですね。すごい人ばかりで驚いていますよ」
「はは、お前んとこは異常だぜ。サリクトの様子はどうだ?」
「いつも通りですよ」
他愛もない会話のやり取りが尽きた頃、ネムレスは帰って行く。ベッドから見送るとガイランは読み終えた手紙を畳む。
「ふう……。寝てる場合じゃねえ、か」
次の日、砦ではちょっとした動きがあった。
サリクトは朝起きると、
「な、なんでコイツが居るの?」
「私もここに来るのは本意では無いが、仕事で仕方なくだ」
小綺麗な身なりをした男、ギルバスがいる。
「お迎えだと」
ネイジは明後日の方向を向きながら本を読んでいる。
「はぁ?」
「魔法軍からの招聘だ。すぐに準備しろ」
胸を張り見下したようにギルバスは言う。
「すぐにったって……」
「大丈夫だ」
そこにスペンスの声。
「かかれ!」
副頭のスペンスほか数名がサリクトを取り囲み一斉に着替えさせにかかる。
「うああああ!」
十分後。
「……はぁ」
「まぁ出張みたいなもんだ」
「今まで軍のスカウト断ってたのに、なんで」
「今回はシルード中将閣下直々のご指名だと。無下にも出来んだろ」
雑嚢を担がされ外套を着せられ、反論の間も与えられずに帝都行きの準備を完了されてしまった。ネイジ達のこの手際にサリクトは怒る気も失せてしまった。
「仕方ない……仕方ない……」
と自分に言い聞かせる。そんな肩を落とすサリクトをなだめるように外へ連れ出すネイジ。
「帝都までは私が先導しよう。空から行ったことは無いだろうしな」
帝都までは何度かいったことはある。しかし陸路を車で行ったことしか無い。一日走りっぱなしだったと記憶している。
「帝都かあ。ウチにある箒だとしても、大分掛かりそうだなあ。やだなあ」
元々箒は魔法使いの乗り物。それを軍が常人でも乗れるように作ったのがメカニカブルーム。軍用箒とも言うそれを民生用にデチューンして一般にも流通させた物をサリクト達は使っている。速さも車と変わらない。
「フフン、我らローチャード謹製ブルームならあっという間だがな」
ギルバスは機械の塊が付いた棒を持って得意気に言う。
「なんか前よりゴツくなって無い? 重くて遅そう……」
「うるさい! 最新型なのだよ。この増設されたスラスターがスムーズな挙動と加速、そしてこのスタビライザーが飛行中の安定性を向上させるのだ! あとこの増槽により長時間の飛行も安心だ」
「……赤ちゃんでも飛べそうだね」
「ば、バカなことを言うな! ほら、お前はこれだ」
細い枯れ枝のような箒を渡されるサリクト。細く長い柄の部分とその先端に付く何枚もの幾何学的な形をした革の様なヒラヒラした物。そのヒラヒラした部分が箒の穂先ようなシルエットを作り出している。
「シルード閣下も人が悪い。そんな廃棄寸前の物置の肥やしを与えるとは、くくくっ」
ギルバスは肩を震わせ声を出さずに笑っている。そんな性悪貴族を横目にサリクトは箒を縦に持ち、何とはなしに飛ぶイメージをしてみた。すると、
「くく、く……え、あ、なんだ、それは」
ギルバスの表情から笑みが消える。サリクトが目を瞑り集中すると持っている箒から風が吹き地面から少し浮く。そして穂先部分、だらんと垂れていた革状のヒラヒラ達がピンと張り、規則的に展開しゆっくり回転する。柄の部分は木のように見えていたがサリクトが握っている部分から黒い光沢のある膜がパリパリと覆っていく。変化が落ち着いた頃には、当初の見窄らしい骨董品の箒はそこに無く、代わりに高貴さ漂う漆黒の箒があった。サリクトは鼻からふんと息を吹くとそのまま引っ張られる形で浮き上がり、その後様々な体勢で空を駆け回る。暫くした頃にはもう新しい箒を乗りこなしていた。
「へぇ、パワーと安定感が民生用とは段違いだ。これくれるの?」
宙で舞うサリクトの横へ何とか付くことが出来たギルバスは息も切れ切れに言う。
「はあ、はあ、あ。シルード閣下からお前に渡すよう言われたのだ、持って行け」
皆が地上に米粒のように見える。
突然行けと言われ納得がいかない部分もあるが、ネイジが行けと言ったら行くしかない。ミーナを置いていくのが気になるが、仕方ない。前にシルードはネムレスとミーナの二人も招待すると言っていたが何か事情が変わったのだろうか。まあ流れに任せ、成るように成れば良い、何かあったらその時は……。
「さあ、行くぞ」
急かすギルバスの後ろを仕方なく付いて行くサリクト。
「行って来まーす」
高い空を飛び去る二人を見送るネイジ達。
「さあて、次はネムレスだな」
とネイジはボリボリと雑に頭を掻きながらと呟く。




