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私がまじまじと見つめていると、女の子はニコニコと機嫌良さそうな顔で壁に何度も腕を入れたり出したりさせた。挙句の果てには浮き上がり、頭が天井に突き刺さって、首から下だけがぶら下がっているように見せた。
ああ、やっぱり、この子は人間じゃない。たぶん、本当に幽霊なのだ。
そう私が恐怖心もなくすんなりと受け入れられたのは、恐らく、女の子がただただ無邪気で、こちらに害をなす存在に見えなかったからだ。
「で、その幽霊さんが私に何の用?」
窮屈なスーツを脱ぎ、デフォルメされた豚のキャラクターが背中にでっかくプリントされたラフでゆるゆるなパーカーに着替えながら、私は尋ねる。
「朝も言ったよ。遊びに行こう」
「もう夜も遅いのだから無理よ。明日も仕事なんだから。朝も言ったでしょう。大人は忙しいの。それに、大人と子どもが、幽霊と生者がどこで何をして遊ぶっていうのさ」
「えーやだやだ。ずっと待ってたんだよ。なんでも良いから遊ぼう」
わがままを言う子どもが地団駄を踏むように、女の子は狭い部屋を所狭しと、たまに壁をすり抜けながら飛び回る。隣の部屋の住人には女の子の声は聞こえていないだろうか、姿は見えていないだろうか。苦情なんて来たりしないだろうかとヒヤヒヤしてしまう。
「もしかして、約束も忘れちゃったの?」
約束? 今朝の私はこの子となにか約束をした覚えはない。
「約束って、何の話? 私、幽霊と約束なんてしたことないわ。幽霊を見るのも話すのも今日が初めてだし」
「本当に忘れちゃったの? フミちゃん」
「だから……」
重力なんて無視したようにふよふよと逆さまに空中を漂いながら、真面目な顔をした女の子はこちらに近づいてくる。
「思い出して、フミちゃん」
逆さまのまま、ピッタリと目が合う。見つめていると吸い込まれそうなくらい、真っ黒な目をしていた。
――フミちゃん。
脳裏に誰かから呼びかけられた声が浮かび上がってくる。
遠い昔に、聞いたような声。女の子の声。これは、誰だっけ?
――ねえ、フミちゃん。
小さな頃の私に親しげに声をかけてくれる子なんて、一人も居なかったはずだ。
――どうしたの、フミちゃん。
ううん。違う。そうだ。一人だけ、居た。
――うん。フミちゃん。わたしだけはずっと一緒だよ。
「メイ?」
不意に頭の中に浮かんできた名前が、私の口から零れる。
「そうだよ。やっと思い出してくれた?」
女の子――メイは小さく首を振り、やれやれというように息を吐いた。
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