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「フミちゃん。フミちゃん。起きて、ほらもうすぐ着くよ」
メイに揺り起こされ、私は目を覚ます。
数日前、メイに呼びかけられて起こされた朝がフラッシュバックする。それなのに、何故か自分の部屋柔らかい布団の中ではなく、電車の硬い座席に座っていたので、一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。
向かいの窓からは、真っ白な雪が全てが覆い隠し白一色に塗りつぶされそうになっている世界を、辛うじて道路だけが抗っているような景色が広がっていた。今、私の住んでいる街は雪が降ったとしても一年に一回、薄っすらと積もる程度なので、こんなにも多くの雪を見るのは久しぶりだ。
「懐かしい?」
「……どうだろう」
横に座るメイに、私は口元をコートの襟首に隠しつつ、声を潜めて返す。年末の帰省シーズンにはまだ早いとはいえ、乗客は他にも居て、きっとその人にはメイの姿は見えておらず、私が独り言を繰り返す変な人に見られないようにこっそりと。
「懐かしいような、そうでもないような。でも、いい気分ではないわ」
「そっか」
故郷が近づくにつれ、もう忘れていたはずの幼かった頃の嫌な自分の記憶がせり上がってくる。二度と思い出したくなかったのに。できることなら、蓋をして、押し込めて、潰してしまいたいのに。
今ですらこうなのだから、もし故郷の景色を見れば、知っている人に会えば、もっと嫌な記憶は溢れ出してしまうのだろうか。
「やっぱり、帰らない? 私、メイが成仏しなくてもいいと思うの。ずっと一緒に居よう。あの部屋でさ。あの街にも楽しいことはいっぱいあるよ」
帰れるものなら、いっそ、このまま帰ってしまいたい。見慣れたマンションで暖房をかけてぬくぬくと温まっていたい。ああ、メイと住むのなら、コタツを買うのも良いかもしれないな。
「それは幸せな提案だねえ」
「でしょ? だったら……」
「でも、ダメ。わたしの最初で最後のわがままなんだから、聞いてほしいな。わたし、フミちゃんにわがまま言ったこと無いでしょ?」
「うん」
そう。わがままを言うのはいつも私。そして、そんなわがままを嫌な顔ひとつせず、ニコニコと微笑んで付き合ってくれていたのがメイだった。
「それなら、一つだけわがまま言っても良い?」
「なあに?」
「手を握っててほしい。ずっと一緒に居て」
「フミちゃんてば、大人なのに子どもみたい」
「いいから」
「それに、一つじゃなくて二つだよ?」
「それも、いいから」
「仕方がないなあ」
メイがクシャッと顔を綻ばせる。メイの手をぎゅっと握ると、メイも握り返してくれた。汗ばむくらいに暖房の効いた電車内に居るというのに、メイの手はひんやりと冷え切っていて心地よかった。
生きている人間の体温がない。
ああ、やっぱりメイは幽霊なんだ。もう死んでいるんだ。
今にも落ちて来そうなくらいに重そうな灰色の雲に覆われた空を見ながら、改めて私は思った。
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