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その姿を見ただけで矢後は震え始めた。
両膝がガクガクすることになった。
矢後はケンカなどの争いごとは大の苦手だ。
だから空き巣をやっている。
荒っぽいのは無理だ。
「こんな所でなにやってんだ。
おまえ、泥棒かあぁぁ」
怒鳴られた。
それでもうダメだ。
矢後は完全にパニくった。
もうわけがわからなくなった。
いないはずの住人がいた?
声も出せないでいる。
「なに?
どうしたの?
大声出して•••
あら、あなた誰?」
今度はおばあさん。
なんだ、なんだ、人がいるじゃないか。
出かけてるんじゃなかったのか?
なんだ、なんだ、じいさん、大声でわめくなよ。
落ちつけよ。
落ち着いて話せよ。
なに?
警察だと。
ふざけるなよ。
ふざけんな。
なに?
まだ他にもいるって?
なんだ、あの子供は?
知らない。
聞いてない。
どうなってる?
なんだ、なんだ、なんだあぁぁ。
矢後の頭は完全にパニック。
自分でも自分の言動がわからない。
制御もなにもわけがわからない。
この場所は台所だった。
包丁が置いてあった。
無我夢中。
包丁を手に取った。
振り回していた。
なにしろ想定外。
これまでに対応したこともない事態。
どうしていいのか、どうしたらいいのか考えが及ばない。
おそらく叫んでいただろう。
我武者羅に包丁を振り上げて突進していた。
どれくらい時がすぎたのかわからない。
落ちついた?
気がついた時にはすごい光景が目に飛び込んできた。
じいさんにばあさん。
それに小学生くらいの子供が血まみれで横たわっている。
まだ生きてるのかどうかなんて知らない。
手に包丁を握っていたことだけは間違いない。
俺は悪くない。
いきなりだ。
いきなり怒鳴り声を出すのが悪いんだ。
もっと落ちついて穏やかに話せよ。
それならこっちだって落ちついて対応できるだろうがよ。
おまえらが悪いんだあぁぁ。
おまえらがあぁぁぁぁ。
矢後は包丁を投げ捨てた。
とにかく逃げる。
逃げる、逃げる、逃げる。
勝手口から飛び出した。
かろうじて靴だけは履けた。
あとは、もうわけがわからなかった。
荷物もなにもかも放り出してひたすら走った。