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Folder 002: 天網恢々・そして。(2)


 彩はリナリア組と合流し、問題となっている高校の校門前まで来ていた。


「調べるって、部外者の私たちがどうやって侵入するんですか?」


 スノウドロップはフェンスに取り付けられた『監視カメラ作動中』の看板を見遣った。


「大丈夫よ。打ち合わせ通りにやればね」


 リナリアは白い紙で紙飛行機を折り、校門の内側へと飛ばした。紙飛行機は学校の敷地内に入ると、空間に溶け込むように消えてしまった。


「あたしたちシャペロンにとってね、世界を折り曲げることは禁忌とされているの。でも、逆にいえば世界から切り離されたものなら、何だってねじ曲げられる。フォールデッドの影響下にある学校も折り曲げの対象よ。今のはダチュラ様が、るいに依頼して発明させた『設定改変』の術。これで、あたしたちはこの学校の人間という風にステータスが書き換えられたの」


「術を発明したということは、小野寺さんは魔法や魔術に明るいんですね」


 スノウドロップは小野寺に羨望の眼差しを向ける。小野寺はそれを煙たがるように手で払う。


「違う。俺は魔術というブラックボックスのことは何も知らん。ただそれをどう応用すればより上手く使えるか組み立てて、新しい技術を開発する。そういうことをしてきただけだ」


「るいはね、世界でも類を見ない魔術工学の天才なのよ。だから魔術を応用して、様々な発明を生み出してる」


「すごいです。効率重視の彩と、相性いいかもしれません」


「勘違いするな。特撰人材サマに、手助けできることは何もない」


「はっ。こっちから願い下げだな」


 彩と小野寺の間で、火花が散るのが見えるようだった。


「まあまあ二人とも。これからもるいの発明には頼ることになると思うから、ね? 例えば通信デバイスとか」


 リナリアはヘアピン型の機械を皆に回す。


「これを身につけている間、私たちは発声せずにコミュニケーションが取れる。俗に言うテレパシーね」


「……便利だな小野寺。未来から来たロボット並みには」


「俺は人間だ。道具扱いすんな」


 彩と小野寺はそれぞれのシャペロンになだめられつつ、校舎に入っていった。




 高校におけるそれぞれの役職は次の通りだった。小野寺が用務員として外を見回り、リナリアが教師として教員を探る。彩は現実同様に高二のクラスを、そしてスノウドロップは高三のクラスを担当する。


「いや、どうしてスノウが私より学年上なんだ。中学生かどうかも怪しい見た目じゃないか」


 小野寺の魔術で制服姿に切り替わった彩たちは一階の階段裏にある、人目に付かないスペースを選んで話をしていた。事件を受けてセキュリティが強化されており、廊下など、人の出入りが激しい場所には監視カメラが設置されているらしい。


「だって、わたしはあなたのシャペロンですよ?」


「そりゃあ『シャペロン』という単語の本来の意味で言えば年上の女性なんだろうが……」


「だから、年上だって言ってるんですよ。わたし、十八歳ですから」


 彩は自身のシャペロンに軽蔑と憐憫が入り交じった眼差しを向けたが、スノウドロップの表情は揺らがなかった。


「……まさか、本当に?」


 彩の問いかけに、スノウドロップはコクリと頷く。


「スミマセンデシタ、センパイ」


 片言で彩は敬語を使いはじめる。


「いつも通りにしてください。関係がギクシャクする方がよくないですよ」


「でも、他の生徒の目もある」


「いいんですよ。わたしはあなたから年下のように扱われる方がやりやすいです。ええ。その方がいずれしっくり来るんですよ」


 スノウドロップの拳は力んで震えていた。


「まあ、そこまで熱弁するなら……」


 チャイムが鳴る。授業開始五分前の予鈴だ。


「肝心の捜査をどう進めていくかについて話せなかったな」


「ここからはテレパシーで話し合いを続けましょう」


 彩とスノウドロップはヘアピン型通信機に触れると、それぞれの教室へと戻った。


『彩、聞こえますか』


『ああ。テレパシーは正常に作動しているようだな』


『小野寺さんも有能な人材ですね。まあ、彩には敵いませんけど』


『聞こえてるぞ、雪ん子』


『ふぇあっ⁉ すみません小野寺さん!』


 スノウドロップの悲鳴が脳に直接響き、彩は思わず耳を塞いだ。


『モードを全体共有にしているんだ。注意しろ』


『うぅ……周囲の視線が痛かったです……』


 急に音量が大きくなったのは、肉声で喋っていたからなのだろう。


『折角全員で話せるのだから、このまま捜査の方針を定めたい』


『良いわよ彩ちゃん。言ってみて』


『ありがとうリナリア。まず、捜査協力を仰ぐ人の数は最小限に搾りたい。だから、大々的に聞き込み調査をするとか、そういうのはナシだ。非効率的だからな』


『流石は日本最強の効率厨がおっしゃることだ。俺は賛成だぜ』


 大仰に、かつ皮肉をふんだんに交えて言っているが、小野寺は自分が楽できる内容に賛同しているだけなのだろう。


『人数を搾るとして、誰に情報提供をお願いするのかしら』


 リナリアが穏やかな調子で語りかける。


『生徒会長だ。今回の事件について、全体像を知るのにはうってつけだろう』


『そうね。じゃああたしは授業をしつつ一年生のクラスに異常がないか確認するから、生徒会長のことは彩ちゃんたちに任せるわ。今の会長は二年生だから、彩ちゃんが一番話しやすいでしょう?』


『ああ。任せてくれ』


 彩は通信を切った。テレパシーから脳が解放され、教室の日常が彩の五感を取り囲む。聞こえてくる会話の内容からして、知性のないクラスメイトたちだなと、彩は嘆息する。


テスト以外で教室という空間に立ち入るのは久しぶりだった。『設定改変』でも彩の人を寄せ付けない性質は変えられなかったらしく、クラスメイトは誰一人彩に話しかけてこない。退屈なチャイムがなると、くたびれたスーツを着た中年の男性教員が入ってくる。非効率的な日常。教科書ガイドに書いてあることを再演するだけの、凡庸な、彩にとって何一つ授かるものがない授業。彩が本来通っている学校よりも、さらに授業のレベルは低かった。ただ、問題児扱いされると捜査に支障を来すので、彩は指名に答えられる程度には黒板を見るようにしていた。



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