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Folder 002: 天網恢々・そして。(1)


 目蓋の裏からでも、光が当たっているのが分かる。彩は薄ら目を開けて、その眩さに目をつむる。引っ越しをしてから部屋の日当たりが良くなった。体内時計が整うと、目覚まし時計も要らなくなる。鳥の声が頭を冴えさせる。布団をどけて、彩は――


「彩ーっ! 朝ごはんができましたよー!」


 布団を頭まで被り直した。うるさい。静かに澄んでいたはずの思考が、巻き上げられた海泥のように乱されていく。


「……朝は作らなくていいって言った。何回言わせるつもりなんだ」


「何度も言ってるのはこっちも同じですよ。彩は栄養不足なんです。体重も拒食症手前じゃないですか」


「手前で踏みとどまっている分には大丈夫だろう? 本当に病気なら診断基準を突き破るまで痩せていく」


「でも、シャペロンとして、栄養管理を怠るわけにはいきません!」


 スノウドロップは勢いよく布団を剥ぎ取る。


「うっ……」


 彩は鈍い呻きを上げた。


「今日はフレンチトーストを作ってみました」


「美味そうだな」


 その一言でスノウドロップの表情がにわかにパッと明るくなる。単純な奴なのだ。


「いただきます」


 スノウドロップに熱い視線を向けられながら、彩はフレンチトーストを口にした。


「……おいしい」


 飾り気のない、素の言葉が口から漏れる。


「ですよねですよね! 今日は自信あったんです!」


 スノウドロップは向かいの席に座りながら、脚を上下させていた。


「スノウも、冷める前に食べな」


「お気遣いありがとうございます」


「別にスノウを気遣ったわけじゃない。電子レンジのコストを節約したかっただけだ」


 彩の小言は無視して、スノウドロップは口をもぐもぐと動かしていた。


「うーん! ふわとろで甘々ですっ!」


 高校のテストが終わり、彩は再び登校の義務から解放されていた。引っ越しして数日が経ち、せわしなく動く同居人にも慣れてきたところだった。ゆっくりモーニングを楽しめるのは特撰人材になって手にした特権だ。通学も朝会もない。授業も出たいものだけ出れば良い。スノウドロップが登校を促さないのは意外だったが、そばに居る煩わしさを除けば都合が良いので、それ以上腹を詮索するようなことはしなかった。


「今日は何か予定があるのですか?」


「何もない。今朝もダチュラから捜査依頼は来てないのか」


 引っ越してからというもの、とくに仕事もなく彩たちは閑暇を持て余していた。


「ここ数日はダチュラさんも忙しいと聞いてます。政府がらみの案件でしょうか?」


「特撰人材は難儀なものだな。どうせ外に公表できないような汚れ仕事をやってるんだろう。この豪邸を丸々シャペロンたちに貸し与えられるだけの資金源も、つまるところ口封じってわけだ」


「ただ、実際いち早く『解剖学の夢魔』の情報を手に入れるには、政府の情報筋が欲しいところです。パイプがあるのは良いと思います」


「そうだな。じゃあ今日はダチュラの報告が来るまで――ん?」


 卓上に置いていたスマホが鳴る。噂をすればダチュラからの着信だった。


「はい。花凪です」


『花凪彩、初仕事だよ。都内の私立高校で、連続的に生徒が失踪し、三日後に発見されているらしい』


「発見されてるのに問題ということは、生徒は無事ではなかったんだな?」


『ご明察の通りだよ。でも戻ってきた生徒の身体はどこも傷ついてない。ただ、全員が不可解なことを主張しているのさ』


「もったいぶるな。時間が惜しい」


『≪異世界転生してきた≫――戻った生徒は口を揃えてそう言ったんだ』


 異世界転生。何かのきっかけでここではない別の世界に移り、全く別の人生を歩む――そういう物語が中高生の間で一定の人気を勝ち得てきたことは事実だが、実際にそれを成し遂げた人物は皆無だろう。少なくとも常識の範疇では。


「高校生の悪ふざけではないのか」


『もちろん最初はその線で警察も動いていたさ。だがね、被害者のうち一人が、自分は空を飛べると言い張って――二階から墜落した。幸い骨折程度で済んだようだけど』


「一人だけなら誘拐事件のショックで混乱しているだけとも考えられるが、被害者全員が妄言を吐いているというのが気がかりだな。分かった。私とスノウドロップで調べよう」


『今回調べるのは私立の共学高校だ。他校の生徒であるアンタだけでは調べきれないだろう。だからリナリアたちの協力も仰ぎなさい。あの子たちもなかなかの逸材だからね』


「了解。すぐに話をつけてくる」


 彩は電話を切ると、身支度を始めた。


「ちょっと、ダチュラさんは何とおっしゃっていたのですか?」


「話は後だ。リナリアたちと打ち合わせたら、現場に急行する」


 そう言い終える頃には、彩は玄関で靴を履いていた。


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