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Folder 001: calling for spilt milk(3)


「彩、大丈夫ですか!」


 スノウドロップは鎌で巨大な足を受け止める。足は踏む力を緩めない。膠着する二者。


「死なない程度には無事だ。それより君、戦えるのか?」


「問題ありません。わたしの実力は、折り紙付きですから」


 スノウドロップは腕に力を込め、敵を押し返す。巨大なマネキンの脚は転倒し、その衝撃が地響きと突風を起こす。スノウドロップは鎌を構え、弾丸のごとく前へと飛び出す。


 驚きの声を漏らす間もなかった。

 九度の金属音が鳴り、傷だらけになった巨大な脚が沈んだ。彩の目に、スノウドロップの動きは全く追えなかった。マネキンの傷からは赤い水晶が凝固した血液のように析出している。


「いっちょ上がりです。どうでしたか? わたしの鎌(さば)きは」


 スノウドロップは鎌をくるくると回すと、再び構え直した。


「少なくとも、今まで見てきた人間で、君ほど早く動ける奴はいなかった」


「えへへ。彩に褒めていただけるなんて光栄です」


 顔を綻ばせるスノウドロップに、合わせて笑うことはできなかった。


「スノウ! 後ろ!」


彼女の背に、再起したマネキンの蹴りが迫っていたのだ。


「こいつッ」


 即座に鎌で直撃を防いだが、スノウドロップは蹴り飛ばされ、折り重なるマネキンの山に突っ込む。


「この……しぶといですね」


 足癖の悪いこの敵は、鎌で切り付けられてなお致命傷には至っていないようだった。実際、肌の傷が浅い上に赤い水晶で塞がっている。


 巨大マネキンは回転し、宙を舞う。あるときはバレリーナのように、またあるときはフィギュアスケーターのように。瞬時に彩の元へと移動したスノウドロップは、防御の姿勢を取りつつも反撃する。鋭い音が響く。赤水晶が散る。水晶の破片が、スノウドロップの頬を切る。


「スノウ!」


「大丈夫。これぐらい、傷のうちに入りません!」


 傷つける度に水晶が飛んでくるというのは、長期戦になればなる程スノウドロップに不利な条件だ。だが、血液のメタファーとしての水晶だとすれば。


「スノウ。あの脚の動き、完全に捕らえることはできるか」


「もちろんです、彩」


 マネキンの動きが激しくなる。より攻撃的な、敵を踏みしだく動きに変わる。


「内くるぶしの後ろと足の甲を狙え! 左右で計四カ所。斬ったらすぐに待避しろっ!」


「承知しました!」


 スノウは攻撃を受け流すと、マネキンを挟んで彩と対称の位置に移動する。マネキンがスノウドロップを追おうと踏み出す。その一歩が着地するとき、スノウドロップはすでに彩の傍におり、指定された四カ所には抉られたような傷が付いていた。


「スノウ、水晶の雨に備えて!」


「了解!」


 マネキンは動きを止める。切り付けた箇所からは、今までとは比べものにならない量の赤水晶が噴出する。空中に散らばった破片は(ひょう)のように降り注いだ。スノウドロップは鎌を回しそれらを払いのけ、安全地帯を作り出す。やがて水晶の噴出が終わると、マネキンの脚はずん、と倒れ、そのまま動かなくなった。


「彩。どうして弱点が分かったんですか?」


後脛骨(こうけいこつ)動脈と足背(そくはい)動脈。動脈が表面に出ている箇所を斬ってもらっただけだ。赤水晶が血液を模しているなら、動脈を攻撃することで効率的にダメージを与えられると踏んだ」


「流石ですね。わたし一人だったら押し負けていたかもしれません」


「……ありがとう」


 彩の声は急に小さくなる。聞き取れなかったのか、スノウドロップは耳に手を当てた。


「だから、ありがとうって! スノウが助けに来てくれなかったら、私、今頃死んでた」


「いつの間にか『スノウ』って呼んでくれるようになりましたね」


 彩は自分の頬が熱を持つのを感じた。


「べ、別に呼び方は自由だろう。それより、どうやってここから脱出するんだ。私の脚、まだ無くなったままなんだが」


「そちらについては心配ないと思います」


 スノウドロップは巨大マネキンの脚に近づくと、その脛に鎌を突き立てた。


「こういう異常事態を終息させるのは、わたしの十八番らしいので」


 スノウドロップの鎌を中心にして、世界が白い光に塗り替えられていく。彩の目はその輝きに眩む。

 次に目を開いたとき、彩は元いた試着室へと戻っていた。脚は二本とも健在だ。そして、試着室の外で待っているスノウドロップの頬が切れていることが、今経験したことが夢や幻じゃないことを物語っていた。


 店員から絆創膏を貰い、お礼も兼ねて服を購入した後で、二人は店から出た。扉を出た先には、見知らぬ男女二人が待ち構えていた。


「プロテアソームの出る幕はなかったようね。共犯者がいないとなれば、今回は当たりかも」


 ミディアムボブの女の声色は、見た目同様にお淑やかに聞こえる。


「別のシャペロンに先を越されたようだがな。ま、俺はその方がいいんだけど。楽できるし」


 もう一人の男はジーパンにTシャツとラフな格好で、女とは対照的に粗暴な声をしていた。

 二人のやり取りを、彩とスノウドロップはじっと見つめる。男は彩たちを睨み返すと、


「花凪彩。お前を『解剖学の夢魔』事件の容疑者として逮捕する」


 そう、面倒そうに告げた。


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